2015.10.15 アクション(行為又は動作)
今回は人の行動の本質に関わることについて考えてみた。
毎日当たり前のように行われる行動、例えば掛ける、締める、止める(留める)、貼るなどの動作である。
一日の始まり、人はどんな行動から始めるのだろうか。外出すると仮定しよう。まずシャツを着、ボタンを留める。ズボンをはき、ジッパーを締める。玄関で靴に足を通し、紐を絞る。または脇のジッパーを締める。私もかつては靴は紐かスリップオンだったが、今はスリップオンかジッパー式だ。単に面倒くさいからである。このように動作することは生活していく上で手抜きできないことであって、人は毎日何回留めたり、締めたり、緩めたりとした行為を繰り返すことだろうか。
これはひとえに身に付けるモノを着けたり外したりするために行うアクションで、人以外の動物には無用なことだ。
人の世界ではひとつのモノが多くの関連した行為を生み出す。前にも記したが、単独で完結する行動は少ない。ボタンを掛けたり、靴の紐を締めるといった行為が、他の局面でも見られ、その連続が人間の生活と言ってもいいだろう。
他の例を上げて見るとしよう。
「薬を塗る、手拭いで拭く、糸を通す、箸でつまむ、ガラスを磨く」など上げればきりがない。
これらの行為は、すべてモノや道具に関わっていることだ。人間が道具を使うようになってから、段々と進化してきた能力なのだろう。日本人の手先が器用なことは世界も認めるところである。よく箸の文化が日本人の職人芸を育てるに大きく貢献したというが、指先を巧みに使うことを幼い時から学ぶことが基本にあっての器用さなのだと思う。
私などのように年齢を重ね、80歳が見えるようになると、身体の方は中々思い通りに動いてくれないが、今もキーボードを叩いているが、指先で学習したものはあまり衰えないものである。アクションし続けることが脳の活性化にもつながり、精神年齢を若く保ってくれることは、私の場合には当てはまるようだ。
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