日常細事2018


kiji



2019.1.4 新年の実感
 はや平成最後の年の正月となり、今日は3が日も終わり1月4日やっと新年という実感が湧いてきた。
 昨年は2年にまたがる体調絶不調の時期を過ごした。それをどうにか生き抜いて新年を迎えることができたというのが実感である。昨年の漢字は「災(わざわい)」であった。西日本豪雨災害などの天災に見舞われたことから、その年を象徴する漢字が「災」となったことは頷ける。
 私にとっても同様にその言葉が当てはまった。80歳という節目の年は「老い」の通過点に過ぎず、口癖になっている「体力・知力・気力」の限界というものを感じたこともあって、新年を迎えて心のギヤチェンジができたという実感がある。
 年の初めに人からの便り(年賀状)を見て、その添え書きに元気付けられる。今年は亥年で「いい(亥々)年いい(亥々)ねー!」なんて駄洒落があったり、会社勤めを終わり毎年夫婦で1か月ほど海外旅行をしているというリッチな便りも見かける。年賀状の付き合いは長いもので、殆どの人が今は定年後の生活を送っており、共に働いていた時はおかっぱ頭の女の子が、「孫と逢うために毎年3回ほど飛行機で北海道を訪れるのが楽しみだ」という文面などを見ると「光陰矢の如し」といった格言が頭をよぎる。
 確かに時の流れは速い。それでもその中で変わらないものがある。1年は365日(4年に1回閏年)、1日は24時間、1時間は60分」、1分は60秒これは不動である。1年を秒に換算すると3,153万6,000秒になる。これが時間の区切りとなる。
 こうしている間も秒単位で時間は移りつつある。うかうかすると一日もあっという間だ。区切りのひと月が過ぎると生活のサイクルが決まってくる。歳を取ってからの時間はとんとんと進む。うかうかしていると時間の経過を忘れてしまう。
 それだけに生活のリズムを保つためには決まった仕事を続けるのが一番である。よく引退後に畑仕事をする者がいる。これは朝日が昇ると畑に出て、陽が落ちると家に戻る。これによって時間が自然の流れの中で変化していることを実感できる。
 残念だが私は畑に出たりすることはない。その代わりにこのホームページを続けるという作業が日課となっている。これも繰り返されることだから時間の経緯を実感できる。それが生きるためのモチベーションとなっている。「何か決まったことを続けることが必要だ」と今年も肝に銘じている。

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