日常細事2018


kiji



2019.1.7 縄文人か弥生人か
 前回のコラムで老後の楽しみを通じて元気にしている知人たちを紹介したが、彼ら(または私)はある共通したDNAを受け継いでいることに気が付いた。
 これから先は全くの独断で、直観的に感じた裏付けである。日本人のルーツは古代人類縄文人に始まる。縄文文化の発生は約1万年前だと言われ、その次の弥生文化の発達を見るのはいまから2200年前のことであり、その時代は800年ほど続いた。つまり縄文文化は7800年間も続いたということである。有史に残るのは弥生時代に入ってからで、渡来人によってもたらされた文字によって、古事記や日本書紀に記されたからのことである。
 現代の紀元後約2000年は縄文時代に比べはるかに短いことがよく分かる。
 その時代日本に住む縄文人たちはどのような生活をしていたのだろうか。かいつまんで言うと彼らは狩猟民族である。山に入り獣を獲り、海に潜って魚や魚介類、海藻などを取って命を繋いでいた。それは日本中で発見されている貝塚などの出土品、縄文土器などから明らかにされている。
 率直に言うと餌を求めて日本中を南は九州北は北海道へとくまなく旅をしたのである。つまり食うための場所を求めて定住することはなかったことから、広くその足跡を残しているのである。
 日本人が定住したのは弥生時代に入ってからのことで、農業が大陸から伝来したことが大きな要因である。農業は一年を通じて収穫されるものだから、その場所を動くことができなくなった。当初は半漁半農の生活であったようだが、徐々に定着していった。農業はその年の天候に大きく頼っていたから、暦や占いなどHPでも紹介している「字源」に示すような祭祀が広く行われるようになった。
 やっとここで本論に辿り着いた。長生きする老人たちのDNAは、旅をしたり魚釣りや旅とまで行かないまでも、あっちこっちを見て回る行動範囲の広い人たちは縄文人の系譜に入ると考える。そして畑仕事や手作業(模型作りなど)のように行動範囲の狭い生活をする人たちを弥生人の系譜に入ると考えた。
 何千年もの歴史を重ねても、人の本質はそのルーツである縄文人や弥生人の遺伝子を引き継いでいると考える。それが老後の趣味や嗜好に表出するから人間の世界は面白い。
 この話は、最近日本文化の発展過程や民俗学に興味を惹かれて、文献を読み漁っているうちに頭にふと浮かんだことを書き綴っただけであるので、その真偽のほどは全く責任は持てない話である。

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