日常細事2018


kiji

2019.8.17 香具師と的屋
 縁日に登場する香具師(ヤシ)とか的屋(テキ屋)といった人たちは、どのような生業(なりわい)をして生活を立て、どのような組織を作っているのだろうか。我々の目からみれば異質な存在であるので、詳しく調べてみた。
 香具師という呼び名は『薬師』からきている。戦国時代浪人武士がしのぎの足しに薬を売り歩き、客寄せのためにちょっとした武芸も披露したのがはじまりという話で、それを証拠立てる文献がある。 1735年(享保20年)に、「十三香具師」という名がはじめて職業名として使われたという「古事類苑」という文書に残っている。それによれば、この十三は「丸、散、丹、膏、香、湯、油、子、煎、薬、艾(よもぎ)、之古実(何の実か不明)」の13種類の薬や香や実などでそれを名付けて13香具とするという記載がある。これで薬師と香具師の結びつきが明らかになった。
 さて、商いにはショバ争いがつきもの。そこで当時はいつ商売敵が攻めてきてもわかるよう小高いところにある神社仏閣で市を開いていた。その後時代が下がって敷地の貸し借りを折衝するようになり、神社仏閣と共存共栄の縁日になったのである。
 そして徳川時代、戸籍の作成とともに、商人には商号が義務づけられ、このころ香具師は弓に長けた野武士の頃からの仕事を生かし、町人向けの弓矢を作り、射的も経営していた。そこで商号を『的(まと)屋』とし、それが今につながる『テキ屋』という説がある(懐かしの縁日図鑑 前掲)」という風にまこといしやかに伝えられている。
 次に香具師といえば「寅さん」ではないが、流ちょうな口舌と身振りで客を引き付ける「口上」がつきものである。先の図鑑では「口上つきの商売を『タンカバイ』と呼ぶ。タンカバイは客の購買心をくすぐり、そして客もそれを楽しむ。昭和40年代(1965年-)ごろまではよく縁日でもみかけられてものだ」とあり、私が子どもの頃は縁日のこうした風景は当たり前だったのである。
 こうなると野毛の大道芸ではないが、日本の庶民文化財として保存して、どこの縁日に行ってもこうした口上が聞けると面白いなと思う。次回は「私の口上」



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