日常細事2018


kiji

2019.9.16 敬老の日
 今日は敬老の日である。敬老の日は、国民の祝日に関する法律第2条によれば、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。
 そこではただ高齢なだけの老人は祝われないとも受け取れる。つまり多年にわたり社会につくしたかどうかが問題である。私は公僕として定年を迎えるまで勤め上げた。これは社会につくしたようには見える。だからと言って敬愛されるほど立派に仕事をこなしたかどうかは難しい判定をくださなければなるまい。長年世の中に貢献した人を叙勲する制度があり、私が知る人でも勲章を貰った人はいる。確かに地元の名士として長く県会議員を務めた人だった。
 そうしたメガネでみると私は外れである。多分私の回りのお年寄りの大半がこの範疇に入る。1966年(昭和41年)までは「老人の日」が9月15日に当てられており、それ以前1951年(昭和26年)に「としよりの日」が初めて定められたようだ 。それ以降現行の「敬老の日」のなったのだが、どうも「年寄」と「敬老」では随分と響きが違う。
 もともとの「としよりの日」のルーツを探ってみると「昭和22(1947)年 9月15日、野間谷村(兵庫県多可郡にあった村。現在の多可町八千代区)村長門脇政夫氏の発案で村のお年寄りを集めて敬老会が開かれた。老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」というのがその敬老会の趣旨だったという。
 「としよりの長年の経験からつちかわれた知恵を借りる」という社会システム。すなわち「としよりの」社会参画の仕組みを考え出したところを評価したい。
 現行の「敬老の日」は何か年寄りは弱者(労わられるべき存在)のような扱いを受けているように感じるのは、私のひがみだろうか。
 としよりが本当に社会に期待しているのは「野間谷村」のような敬老システムが身近な地域に生まれることである。
 としよりとは消えゆく存在ではなく新たに種を残していく存在であってほしいと思う。



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