日常細事2018


kiji

2019.1.12 滋賀県(お国柄22)
 県土の中心に日本一の湖「琵琶湖」を抱えた滋賀県。その県民性は「近江商人」を抜きにして語ることはできない。
 先ず琵琶湖であるが、滋賀県の面積の6分の1を占め、日本で最大の面積と貯水量を持つ。流れ出る水は瀬田川、宇治川、淀川と名を変えて、大阪湾へ至る。琵琶湖を取り巻く各自治体は、大きく湖南・湖東・湖北・湖西に分けられる。琵琶湖のせいで南北間の交流は少なく、お互いが「無関心」なのだそうだ。たとえば湖東の彦根民が言っていたのは「湖西(高島)は外国」両地域はもちろん陸(鉄道)でつながっている。しかし、湖東民にとって琵琶湖の対岸の湖西地域は「海の向こうの遥か違い国」という印象が強<一度も行ったことがないという人も大勢いる。湖東と湖西でそれなら、湖南(甲賀) と湖北(長浜)に至っては地球の裏側ほどに遠い存在なのだろう。とまあ基本的にかかわりが無いなら、わざわざ交流を持つこともないというのが滋賀流である。
 滋賀といえば「近江商人」であるが「近江商人または江州(ごうしゅう)商人、江商は、中世から近代にかけて活動した近江国(現在の滋賀県)出身の商人。大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つである。江戸時代に入ると近江出身の商人は徐々に活動地域や事業を日本全国に拡大させ、中には蝦夷地で場所請負人となる者もあったと伝えられているほど手広く商売を行った。幕末から明治維新にかけての混乱で没落する商人もあったが、西川のように社会の近代化に適応して存続・発展した企業も少なくない。今日の大企業の中にも近江商人の系譜を引く会社は多く、のちに日本を代表する企業(伊藤忠商事、丸紅、トヨタ自動章、西武鉄道、高島屋など)へと成長を遂げていった(wikipedia)」
 近江商人というと「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という「三方よし」の精神が有名である。その精神の源流は「陰徳善事」という考え方で、陰で密かに良い行いをして見返りを求めないということ。じっくりと仕事をするところは実に謙虚だ。また陰德善事は「正当な利益で得た生きた金を使つて社会奉仕をする」ということでもあり、それが企業の社会的責任だとしている。
 近江商人がこうした考え方を持つのは、熱心な仏教信者だからという説もある。初代伊藤忠兵衛は、「商売は菩薩の業」という信念を持ち、仏教の教えを謙虚さと悪心を抑える規範としていた、稼いだ金を自分のために使うのをモットーとする大坂商人に比べると、非常にストイックな商人像が浮かんでくる。
 おいでやす彦根へ せっかく来なはったんやで うちにしかないもん 買うていっておくれやす

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