日常細事2021pre


kiji

2021.3.12 笑いの源泉3
 前回は漫才を取り上げて、「笑いを作る」と題し(笑いの源泉2に相当する)賑やかな掛け合い漫才について考証したが、今回は単独(一人)で「笑い」を生む、落語・漫談・司会などを取り上げて、芸として「お笑い」を究明する。
 私は落語が好きで、中でも江戸(関西の上方に対し)落語の歯切れの良さやべらんめー調が好きだ。中でも古典落語(江戸時代から明治時代・大正時代にかけて作られたものを指すことが多い)を五代目古今亭志ん生の「演目」で聞くと、いつも酔っぱらった口調でそれ自体が笑いを誘発し、同じ話を何回聞いても同じように面白い。これが芸というものだろう。
 志ん生の次男の3代目古今亭志ん朝や弟子の5代目三遊亭圓楽も芸を引き継ぎ自分独自の「笑い」を作り出している所も素晴らしい。今は3人とも生の声は聞くことのできない人となってしまったが、ツタヤのレンタルCDやDVDにはまだ残されているはずだ。
「えー、毎度ばかばかしいお笑いを一席。中略・・ある時、ようやくかわいらしい男の子が産まれました。お父さんとお母さんはとても喜んで、この子が元気で長生きするようにと偉いお坊さんに頼んで、長生きできそうな名前を付けてもらいました。
 こんな名前です。
「寿限無(じゅげむ)寿限無五劫(ごこう)の擦り切れ
海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)
雲来末風来末(うんらいまつ ふうらいまつ)
食う寝るところに 住むところ
やぶら小路の 藪柑子(ぶらこうじ)
パイポ パイポ
パイポの シューリンガン
シューリンガンの グーリンダイ
グーリンダイの ポンポコピーのポンポコナの
長久命(ちょうきゅうめい)の長助」
 から始まる「寿限無」は落語の基本で落語家になるにはこの演目は登竜門のようなもので、どんな表現と動作で聴衆を笑わせられるかで明暗を分けることになる。
 古典落語だけでも数十の噺を頭に詰め込まなければならないから、並の努力では一人前(東京の落語家は、前座、二ツ目と昇進し、真打を目指す)にはならない。
 こうしてみると「笑い」は芸人にとって汗と涙の結晶であることが読み取れる。
 繰り返すが、コロナ禍のこの時節「笑い」は心を慰めてくれる「漢方薬」のようなもので、じっくりと味わえば必ずや効果が出ると確信している。




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