日常細事2021pre


kiji

2021.6.10 もったいない
 最近ユーチューブでもったいない Mottainai アニメ CM(NHK含む)を見たが、どこがもったいないのかさっぱりわからない。これには異論反論はあると思うが、企業イメージのCMとしか思えない。もったいないを標榜するnpo法人「もったいないジャパン」では、未使用の不用品から骨董品に至るまで段ボール単位で受け付けている。もちろん現金の寄付は一番喜ばれている。寄付には郵送費を負担しなければならないから、只で引き取ってくれる回収業者を使った方がましのような気がするがどうしたものか。
 もったいない(勿体・物体ない)とは、元来は仏教用語で、元々「不都合である」、「かたじけない」などの意味で使用されていた。現在では、それらから転じて、一般的に「物の価値を十分に生かしきれておらず無駄になっている」状態やそのような状態にしてしまう行為を、戒める意味で使用される。
 そこで私だが、もったいないモノが一杯ある(話の市「モノ好き第1-2弾」)。捨てきれないで山を成す書籍類。少し前に辞典。辞書・事典・図録の類は概ね処分した。今は本は値段が付かない。だから引き取りがただというだけだ。その中にあった歴史書全三巻は、今ネット上では1万7千円台で取引されている。仕入れ値が只だから、他のを合わせれば想像もつかない高値で売られていることになる。坊主丸儲けならぬ高額買取とは名ばかりの古本回収業は結構儲けているかもしれない。
 そういったわけで、それこそ勿体ないのでそれ以降売るのは止めた。多分死蔵の形で私が生きている限り残ることになるだろう。
 他にも履けなくなったズボンや、買い継いできたYシャツなどがハンガーに掛かったまま部屋の壁を埋めている。年を取ったら痩せると思たのだが、栄養がいいから中々痩せない。むしろ太った。サイズの合わないズボンなど捨てればいいと思うだろうがそれができない。女房の一声があれば多分整理するだろう。下着やシャツ・靴下なども買い足しても捨てないから、いつの間にか引き出しからはみ出しそうだ。これは女房に捨てるものを選んで出してくれと言われている最中だ。
 メガネなども20本ほどの老眼鏡がある。度が進む連れ購入したもの、白内障手術で視力が変わり買い揃えたものなどで、ごちゃごちゃになってケースに入っている。半分は捨ててもいいだが、これも中々実行に着手できない。
 前のも書いたことだが、私は捨てられない男である。こんなことを続けているとその内女房に、私も含め十把一絡げ(じっぱひとからげ)で捨てられてしまいそうな危機感を持っている。
モノ好きは もったいないから 捨てられず



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