日常細事2021pre


kiji

2021.10.28 諺集に見るわが人生(31)
 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「あ行」の「い」から始めて、回顧していくことにする。(「」の前後の句読点は省略)
 「居ても立っても居られない」説明するまでもなく、こういう立場を経験した人は多いだろう。ソワソワ、ワクワク、立っても座っても落ち着かないことをいう。
 「井戸の端(はた)の童(わらべ)」最近は井戸など都会ではほとんど見かけない。同じ危険なたとえとしては「マンションのベランダの柵の幼児」などが思い付く。子どもは少し目を離すと危ないことをする。未知への好奇心が旺盛なせいだろう。
 「井に坐して天を見る」出典の文(韓愈・原動)は井に坐して天を観て、天は小なりと曰(い)う者は、天の小なるに非(あら)ざるなり」その意味するところは「井戸の中に座って天を仰ぎ見て、天は小さいというのは、自分の視野が限られているからで、天が小さいのではない」類義に「井の中の蛙大海を知らず。井中に星を視る」があり「井の中の蛙大海を知らず」の部分が広く知られている。物事を大局的に視るのは難しく、長い時間をかけ結果から判断することが多い。
 「犬が西向きゃ尾は東」冗談でよくこの諺を口にする。当たり前のことを目新しく言ったもの。類義に「雨の降る日は天気が悪い。北に近けりゃ南に遠い」私は方向音痴なので北と南の区別もつかない。
 よくチラシに載っている地図に東西南北の方向表示があるが、サッパリ分からない。勘のいい人は頭の中に磁石が入っているかのように方向を間違えない。昔免許を持っていた頃、車で外出するとよく方角を見失い反対方向にいってしまうことがあったことを思い出す。
 もう一つ犬に関わる有名な諺「犬も歩けば棒に当たる」江戸いろはかるたの一番で「犬も歩けば棒に当たるとは、でしゃばると思わぬ災難にあうという戒め。また、じっとしていないで、何でもいいからやってみれば思わぬ幸運にあうことのたとえ」故事ことわざ辞典によれば「「棒に当たる」とは、人に棒で殴られるという意味。本来は、犬がうろつき歩いていると、人に棒で叩かれるかもしれないというところから、でしゃばると災難にあうという意味であった。
 現在では、「当たる」という言葉の印象からか、何かをしているうちに思いがけない幸運があるという反対の意味で使われている。 次回に続く。




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