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kiji

2021.12.16 諺集に見るわが人生(44)
 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「あ行」の「う」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。
 「有象無象(うぞうむぞう)」は1つ目の意味は「数だけ多いが、一貫性がなく、くだらない集まり」というもの。原義から派生した意味ではあるものの、現在ではこの使われ方がメイン。ただし、プラスな意味ではない
「有象無象」は、仏教用語である「有相無相 (うそうむそう) 」が由来している。
 「有相無相」は「この世には姿形のあるもの(現象)と、それによって表現されるもの (真理)が存在している」という意味。 これは「有象無象」の2つ目の意味である。「この世の全てのもの」の意味に通ずるものがある。 この有相無相をよりわかりやすくするために、「象」の字を用いて表現されるようになり、意味も少しずつ変化していったことが、今の「有象無象」につながったと言われている。 なお、現在は二つ合わせて「数は多いが、種々雑多なくだらない人や物。ろくでもない連中のこと。多くの人々を卑しめていう。また、形があるものも、ないものもすべて。有形無形のすべてをいう。
 (例)有象無象のやから。イメージできるのはテロ集団や暴走族など。場合にもよるが、デモ集団なども含まれる。そうしたやからは世に仇するだけで、何の益にもならない。
 「嘘から出た実(まこと)」江戸いろはかるたの一つで「嘘で言ったこと、冗談で言ったことが、結果として偶然にも本当のことになってしまうことを言う」
 たとえそれが嘘でも、何かを言い続けていると言った本人もそれを聞いた人たちも、本当にそうかもしれない、という気になってしまいがちである。
 また、冗談でさらりと言ったつもりのことが、実は本人も自覚することなく心の中で思っていたことだった、ということだってありうる。そうした結果として「嘘」が「実=真実」になるということもある、ということの喩(たとえ)である。
 時と場合によるが私も嘘をつく。その結果すべてがハッピーになれば嘘も真になる。そうならない場合も多いので、嘘は何時かバレることになる。
 これらの諺は中国伝来に孔子や孟子の教えと江戸の文化が融合して出来上がったものが多い。次回に続く。


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