日常細事2021pre


kiji

2021.9.22 諺集に見るわが人生(21)
 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「あ行」の「い」から始めて、回顧していくことにする。
 「一日千秋(いちじつせんしゅう)」非常に待ち遠しいことのたとえ。ある物事や、人が早く来てほしいと願う情が非常に強いこと。
 一日が千年にも長く思われる意から。▽「千秋」は千年の意。「日」は「にち」とも読む。一般には「一日千秋の思いで待つ」と用いる。もと「一日三秋」から出た語。若い頃は受験したり、転職を繰り返した。そういう時合格通知や、採用通知が届くのを「一日千秋」の思いで待ったものだ。苦い思い出の一つである。
 「一度あることは二度ある」あることが一度起こると、同じようなことが続いて起こるということ。これに「二度あることは三度ある」と続くおまけがつく。よくないことはことは続いて起こりやすいので注意せよという戒めに使われることが多い。この年になると自分でコントールできないところで不幸が続けて起こるということを経験する。類句に「一災起これば二災起こる」というのもある。これなどはその人の運も大きく左右する事柄といえよう。それ故神社は繁盛する。この場合は厄払いの神様(近隣では川崎大師)にお願いすると良い。
 「一度死ねば二度死なぬ」これは強烈な諺だが結構よく知られている。死は一度きりだという意味。死の覚悟を決めたり、自棄(やけ)を起こしたりするときに用いられる。覚悟と自棄とでは随分違う精神状態だが、今は平和な時代だが、先の大戦では私より15歳ぐらい年上の若者が戦いの中でこうした心境で「特攻」に駆り出されていったことだろう。よしんば生き残ったとしても心に傷を負う。戦争が「究極の悪」たる所以(ゆえん)である。
  「一難去ってまた一難」これなどは誰でも知っているような諺。先の「一度死ねば二度死なぬ」とは違い覚悟もしていないうちに、次々と災難や困難なことがやってくること。 一つの災難を切り抜けて安心しているところへ、また別の災難が降りかかかってくること。「踏んだり蹴ったり(踏まれたり蹴られたり)」などの類句もある。今回は災難続きの諺ばかり集める結果になってしまった。 次回に続く。




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