2022.1.17 諺集に見るわが人生(50)
今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「あ行」の「う」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。
「海千山千」世の中の経験を十分に積み、ものごとの裏面にまで通じてずるがしこいこと。また、そういうしたたか者。海に千年山に千年住みついた蛇は龍になるという言い伝えから。〈海のものとも,山のものともつかない〉など,海と山とが二項対立的,ないしは相互に融和したかたちで表現されている。私の知人でも数多くの事業を転々として生き抜いていく人にはこうした一面が見られる。
「有無相通ず」(うむあいつうず)あるものとないものとが、互いに融通し合って双方うまくいく。あるものとないものとを融通しあうこと。出典は史紀で「斉の桓公に、宰相の菅伸が商人について説明した言葉に基づく。『多少を料(はか)り、貴賤を計り、その有ずる所を以って、その無き所に易(か)え、賤に買い貴に鬻(ひさ)ぐ(商品の量が多いか少ないか、値段が高いか安いかなどを考え、自分が持っているものを持っていない物と交換し、安く買って高く売るようにする)』とある」
私が子どもの頃(戦前)には「向こう三軒両隣」といって隣近所で物を融通し合ったり、情報を共有することが当たり前であった。今のように個人のプライバシーが優先することなど想像すらできない時代だった。風通しがよく、周囲が家族のようなもので、相互の家を自由に行き来しているという開けっ放しの世界が当たり前であった。こういう環境は大人にとってはいざ知らず、子どものには社会を知りながら育ついい環境であったように覚えている。
「梅を望んで渇きを止む(世説新語)」中国の故事名言集にあるこの寸言は、もともとは魏の曹操の機略に由来するものである。その意味は、梅の実のすっぱさを想像して唾を出し、喉の渇きを一時しのいだという故事から、転じて代わりの物でも一時しのぎの役に立つたとえとして用いられることがある。
日本経済が破綻して超インフレ時代でもこなければ、この諺のような事態は招来することはないだろうし、それは現在を生きている人には耐えられないことに違いない。 次回に続く。
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