日常細事2021pre


kiji

2022.1.31 諺集に見るわが人生(54)
 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「あ行」の「う」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。
 「噂をすれば影が差す」その場にいない人の噂をしていると、なんの偶然か噂の本人がひょっこり現れることがある。人の噂や悪口はほどほどにするべきだという戒めの意も含む。
「噂をすれば影」「言えば影がさす」ともいう。
 (類義)噂を言えば筵(むしろ)敷け。謗(そし)れば影さす。謗り者門(かど)に立つ。虎を談ずれば人至る
 日常会話においては「噂をすれば」のみが使われていることが多い言葉。
 多人数の会合の席でまだ登場していない人の噂をしているとひょっこり当人が現れるなどというのはどちらかというと約束したことだから当たり前。もっと偶然性の高い巡り合わせ「ドッキリ」のような現象なのかも知れない。
 「上前を撥ねる(うわまえをはねる)」他人に取り次ぐ賃金や代金の一部を自分のものとすること。特に、相手に無断でかすめ取ることをいう。
 上前とは江戸時代の年貢米通の通行税にあたる上米の変化した語。この諺には違法な取引でのピンハネや場所代と称するみかじめ料などが思い浮かぶ。他方、正業でも紹介料のようなマージンを取ることは一種のピンハネと言えなくはない。上前はあぶく銭だからろくな使い方はされず、遊興や賭け事に消えていく運命を辿る。賄賂の原資などもこんな所にあるのだろう。
 「雲煙過眼(うんえんかがん)」響きのいい四字熟語である。《蘇軾「宝絵堂記」(そしょくほうかいどうき)から》雲や煙がたちまち過ぎ去ってしまうように、物事を長く心に留めないこと。物事に執着しないこと。物事に淡白なこと。年を重ねると物覚えが悪くなり、疑似的ではあるが何事にも淡白になるものだ。
 「雲霓の望み(うんげいののぞみ)」これもあまり聞かないが「「孟子‐梁恵王・下」の「民望レ之若三大旱之望二雲霓一也」から(民之を望むこと、大旱(だいかん:大日照り)の、雲霓を望むが如し」大日照りに、雨が降って、虹(にじ)の出るのを待ち望む気持。切実な希望のたとえ。特に名君の出現を待望すること。
 現時点のようにコロナがその勢いを失わずに国民が疲弊している時こそ総理大臣はこの諺のような名君に変身してほしい。 次回に続く。


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