日常細事2022pre


kiji


2022.10.25 諺集に見るわが人生(132)

 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「か行」の「き」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。

「木で鼻を括る」相手から冷たい対応をされたり、無愛想にあしらわれたりした時に使う表現。
本来この言葉は「木で鼻をこくる(擦る)」が正しく、紙が貴重なものだった時代に木で鼻を擦って鼻水を拭っていた様子を指したものだった。時代の変遷とともに「こくる」が「くくる」に変化し、現在のかたちになったものと考えられている。
「木で鼻を擦る様子」が「無愛想、冷淡な態度」を指すようになった理由は「木で鼻を擦ると痛くて不機嫌な顔になるから」や、江戸時代の商家において「丁稚奉公の使用人たちに紙を使わせなかった主の理不尽な様子が基になっている」など諸説ある(dime.jp)。
私なども何かに気を取られている時に話しかけられると、こうした素っ気ない態度を取って、相手の気に障ることがあるかも知れない。

「来てみれば、さほどでもなし富士の山」何事もおおげさに言われるもので、実際に見てみると想像していたほどのものではないことが多いというたとえ。
富士山は日本一のすばらしいと言われて来てみればそれほどの山ではなかったという意から。
私も若い頃、丹沢・箱根山塊を中心によく登山したが、富士山には登っていない。このことわざにあるような話が流れていたせいかもしれない。
それでも何十回も登った人もいるというから「蓼食う虫も好き好き」である。こんなことわざもある。富士山に「一度も登らぬ馬鹿に二度登る馬鹿」この裏には昔の江戸の人には「大山詣」同様の「富士山信仰」があったからという。

「木に竹を接ぐ」『話の前後の筋が通らないこと』や『調和が取れていないこと』。 『接ぐ』には、『二つのものをつなぎ合わせる』意味がある。 木と竹という違う性質のものを無理につなぎ合わせたときの、おかしな様子をたとえて表現した言葉。
(類義語)竹に接ぎ木/木に竹/木に竹を接ぐが如し/木に竹を接いだよう/糸に金を繫ぐ/油に水/油に水の混じる如し/平仄(ひょうそく)が合わない/矛盾/自家撞着。
文章を書いていて、見直すとどうもうまく整合性が取れていない時がある。そうした状態を意味しているのだろう。 次回に続く。



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