日常細事2022pre


kiji


2022.11.16 諺集に見るわが人生(138)

 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「か行」の「き」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。

「窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)」弱い立場でも窮地に追い込まれれば逆襲することができるという意味。中国の漢文「塩鉄論」が由来で「塩鉄論」において「死に物狂いなった鼠は強敵である猫さえ噛むことがある」と述べた箇所があり、後に「窮鼠猫を噛む」として使われるようになった。
(例文)窮鼠猫を噛むというように、不当な扱いを受ければ臆病な人でも激しく言い返すこともある。

「窮鳥懐に入る(きゅうちょうふところにいる)」追い詰められた者が、どうしようもなくなって救いを求めに来ることのたとえ。また、そういう者には力を貸してやるべきだ、ということ。
[由来] 「顔氏家訓の一節から」争いごとには力を貸さない方がよいが、「窮鳥懐に入る(追いつめられて逃げ場を失った鳥が、人のふところの中に飛び込んできた)」場合は特別。心ある人間ならばかわいそうに感じて当然だから、見捨ててはいけない、と説いている。
(類義)窮鳥懐に入らずんば猟師もまたこれを撃たず。尾を振る犬は叩かれず。袖の下に廻る子は打たれぬ。
人の情けの本質をついたもの。

「朽木(きゅうぼく)は雕(え(るべからず」やる気のない者は、いくら教育してもだめであることのたとえ。
[ 由来] 「 論語 」に出て来る、 孔子 の「「宰予昼寝、子曰、朽木不 レ 可 レ 雕也、糞土之牆不 レ 可 レ 杇也、於 レ 予与何誅」の言葉。 ある弟子が昼寝をしていたことに対して、「朽木は雕るべからず、糞土の牆(しょう)は杇(ぬ)るべからず(腐った木には 彫刻 はできないし、崩れかけの土塀には上塗りはできない)」と述べて、激しく非難している。
たとえは朽木であるが、人間をやる気にさせるのが師の務めではないか。特に軍隊などでは厳しい訓練によって士気の高揚に努めている。 次回に続く。




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