日常細事2022pre


kiji


2022.7.9 諺集に見るわが人生(101)
 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「か行」の「か」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。
 「金に糸目を付けぬ」惜しげもなくいくらでも お金 を使うこと。 金に糸目をつけぬ。 金に糸目をつけないの語源・由来 糸目とは、揚げた 凧 のバランスをとるため、表面につける数本の糸のこと。 糸目をつけていない凧は制御できないため、 風 に任せて飛んでいってしまう。 そんな糸目をつけていない凧にたとえ、制限なくお金を使うことを「金に糸目をつけない」というようになった。 このことわざもまた大半の人には縁のない話だろう。私など夢にも見ない。
 「金の切れ目が縁の切れ目」金がなくなったときが、人間関係の切れるときだということ。 もともとは遊女と遊客の関係を表したものでお金がなくなれば遊女も相手にしなくなるということから生まれたことわざ。 ここで金の切れ目というのはお金がなくなった事。 縁の切れ目は相手がいなくなったことを指す金銭で成り立っている関係は、金がなくなれば終わるということはよく分かる気がする。
 「金は天下の回り物」金銭は一つ所にとどまっているものではなく、今持っている者もいつか失ったり、今ない者もいつか手に入れたりする。金は天下の回り持ちともいう。人生現役時代はこういうことを実感するだろうが、隠居して年金生活に入るとこうした実感は遠ざかる。実に金にまつわることわざは多い。「幸せ」を取るか「「金を取るか」と質問したら多くは金を選んだ。次元の違う組み合わせなのだが、金で幸せが買えると勘違いしている向きもいる。 
 「寡は衆に敵せず」多数と少数では相手にならない。少数では多数にかなわない。
ライバルに対して戦いを挑む際、相手の戦力の見極めが非常に重要だといっている。
出典は「孟子」梁恵王上から「衆寡 (しゅうか) 敵 (てき) せず」義経や真田幸村は少数で多数に打ち勝っている。これは敵の裏や隙を突く戦術が効を制した希な例だ。 次回に続く。



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