日常細事2022pre


kiji


2023.7.29 諺集に見るわが人生(204)

 今回は諺集(新明解故事ことわざ辞典:三省堂)「か行」の「こ」から始めて、回顧していくことにする。また諺からイメージできるものについても記述する(「」の前後の句読点は省略)。

「心の駒に手綱ゆるすな」常に心引き締め(こころのこまにたづなゆるすな)」心を馬にたとえ、放っておくと自由奔放に悪いほうへ走りがちなので、手綱で常に制御するようにという意味。 古歌「引かれなば悪しき道にも入りぬべし」の下句。 「心の駒」煩悩を奔馬にたとえたもの。「駒」は、元気な子馬のこと。
手綱を締めていないと自由奔放に走っていく馬のように、欲望も抑えがたいものだから、常に心を引き締めて制御しないといけないという意味から。
(由来)「論語―為政」に見える、孔子のことばから。この章は、「十有五にして学を志す」、「三十にして立つ」、「四十にして惑わず」、「五十にして天命を知る」、「六十にして耳順う」と続き、「七十にして己の欲する所に従えども矩のりを踰こえ(七十歳になってからは、心の欲するままに行動しても道徳の規準をはずれるようなことがない)」で終わっています。
孔子Iま、自分の人生の各段階で学問に励み、天命を知り、言葉に従い、最終的には自由に生きることができたと迷べている。この吉葉は、人間の成熟や自己旨理の高さを示すものとして引用される。
現代は八十歳内から九十歳代と人の寿命が延びている。これらの年代にはどんな言葉を当てはめるのだろうか。

「心は小ならんことを欲し志は大ならんことを欲す」心遣いはできるだけ細かく、望みはあくまでも大きくあってほしい、という意味。
(出典)「淮南子‐主術訓」の「凡人之論、心欲レ小而志欲レ大、智欲レ員而行欲レ方、能欲レ多而事欲レ鮮」による) 細心綿密な思慮とともに高尚遠大な志操を持ちたいものである。胆大心小。
人は大胆で、かつ細心であるべきである。度胸は大きく、注意は細かく払うべきである。勝負に勝つ秘訣である。矛盾する二つの心の使い方は難しい。 次回に続く。









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