kiji

2014.12.15 間に合わせ
 前回に続いて「間」に関する話題で「間に合わせ」について、自分にとってどういうものなのか語るとしよう。
 一般的に 「間に合わせ」とは、仮のものであって当座を済ませること(一時しのぎ)と解釈されている。どちらかと言うと、マイナスイメージがある。例えば、夕飯をお茶漬けで済ますなどを上げることができる。
 確かに空腹時にインスタント食品で間に合わせにお腹を満たすことはある。保存料や農薬に厳しい基準に照らして料理する人には、敵(かたき)のような存在であるかもしれない。
 「間に合わせ」で食べる駅弁や電子レンジでチンして食する冷凍食品などでも、結構いける物も多い。私が食に対して、無関心なのか、味音痴なのかは問わないこととして、最近の一時しのぎの食物はマイナスイメージとは程遠い。
 このことは同様に、着るものにも当てはまる。秋口は気温の変化が激しい。そんな時に散歩に出て、寒くて付近のワークショップで安物のトレーナーを買って、その場で着て 「間に合わせ」たことがある。お陰でカゼも引かずに無事切り抜けることができた。これで役目は果たしたわけだが、その後も何回も洗濯を繰り返し着続けている。少し伸びた感じはするが、十分実用に耐えている。
 このように 、「間に合わせ」イコール「安物」でその場しのぎと考えがちだが、効用はあるもので、結果期待を裏切られたとしても「ま、いいか」で済ますことができるのもプラス要素だ。かくして私の周囲には 、「間に合わせ」のモノが結構存在を主張している。
 今回のコラムは 「間に合わせ」だと聞こえてくるような気もする。気のせいだろうか。
 

 
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