説明文は「別冊太陽ムック北斎富嶽三十六景の旅」より引用
下目黒・目黒区下目黒
目黒は丘陵地に田畑の広がる田園地帯であった。富士見の名所も多く、また将軍家の鷹場があったところには鷹番という地名も残っている。そうした地域の特性を示すため、北斎は画面右下に二人の鷹匠を登場させ、彼らに跪く農夫を描いた。その左には鍬を片手に赤子を背負い、小さな子供を伴って田畑へ向かう農婦や、鍬を担いで坂道を登る農夫を描く。富士はどこかと探せば、両脇の丘にはさまれた間聞から、ひっそりと雪を頂く山頂を覗かせでいる。
常州牛堀・茨城県潮来市牛堀
常陸国牛堀は霞ケ浦南端の水郷である。大波から突然巨大な船が斜め前方に舳先を突き出す。視覚を驚かす大胆な対角線構図である。船には先端に板屋根で階われた居室があって、乗員が寝起きし、今まさに朝飯の仕度とばかりに、米のとぎ汁を船外に流している。その音で白鷺が飛び立ってゆく。富士は右上方に望めるが、これは本シリーズ中最も東から眺めたものだ。藍の濃淡が清々しく、早朝の爽やかさが感じられる。
武陽佃島・江東区永代一丁目
隅田川の河口、永代橋の辺りから佃島方向を望み、江戸湾の奥に冨士が見える構図だ。島の右手人家の密集した方が佃島で、左の木立に覆われたところは人足寄場のある石川島だ。ベロ藍の美しさが目に泌みるのだが、船の舳先が手前を向いたり右を向いたり、奥を向いたりと、複線が落ち着かない。さらに、手前の船が大きすぎ、中景・遠景と船が極端に小さくなって、遠近感が狂っていることも画面に安定感をもたらさない原因だ。
遠江山中・静岡県西部
巨大な角柱を丸太で二本ずつ足場を組んで傾斜させ、上と下から鋸を引く。まるで曲芸のようだ。その下では男が鋸の目立てに勤しみ、赤子を背負った女房が弁当を届けに来た。その隣では子供が膝を抱えながら焚き火を見守っている。その黒煙は右方の空へ広がってゆき、富士には龍が体を巻きつけるように雲がかかる。三角形に広げられた二本の丸太の間から富士が望まれるという北斎得意の趣向だ。遠江は今の静岡県西部で、杉や檜を産する山が多くある。
駿州江尻
駿州江尻は、今の静岡市にあった東海道の宿場町。北斎は何故か、突風の吹き渡るところとして描いている。画面の中のさまざまなもの、大勢の人や二本の木立が風のために難儀している一方、富士だけが悠然と不動の姿勢を保っている、そのコントラストの面白さが伝わって来る。
画中に半身になって尻を突き出し、両手で傘を抑えている男がいる。その男が尻を突き出している先には、川の入り江らしいものがある。入り江の江と尻を組み合わせると江尻になる。北斎一流のユーモアだ。(本説明文はhttp://j-art.hix05.comより転載させていただいた)
江戸日本橋
江戸の中心日本橋は『江戸名所図会』によると長さ約二十八間(約50m)で、橋の上は貴賤が絶え間なく往来し、橋の下には一日中船が出入りし、大変な喧噪だったという。本図を見ると、川面には七隻の船が岸に着けられ荷を下ろし、一隻の船が航行する。奥の方に一石橋、その上に江戸城、その左遠方に富士を描く。肝心の日本橋は画面下に欄干の擬宝珠と押し合わんばかりの人々の往来で表す。多くの人が正面向きなのでこちらへ向かってきそうだ。
甲州犬目峠・山梨県上野原市犬目
犬目宿は甲州街道の野田尻宿と下島沢宿の間にあり、本図は犬目峠から富士を望んでいる。犬目宿から桂川沿いに下鳥沢宿へと下る途中の景色で、険しい山道から峠に至って眺望が開ける開放感を描く。本図では峠の坂道を対角線状に描き、旅人をゆっくり歩ませる。左手の桂川の渓谷から白雲が湧きおこり、その彼方に富士の雄姿が見えるという構成だ。富士山頂の雪はまだ残るものの、裾野には地肌も見えはじめ、新緑の爽やかな季節を感じさせている。
隠田の水車
隠田村は現在の原宿・神宮前の辺りで、村の中央には渋谷川が流れ川沿いには多くの水車があった。北斎が目を止めた本図の水車もそのひとつて、背後に渋谷川が描かれる。水車の羽根で運ばれる水流の変化が面白く、水の変化に興味を示す北斎の眼が感じられる。女たちは洗い物、男たちは穀物を水車小屋に運び込む。子供は暇をもてあまし、亀を散歩に連れてきた。そんな日常ののどかなひとときを、遠くの富士はひそかに眺めているようだ。
深川万年橋下
小名木川が隅田川に合流する手前に架けられたのが萬年橋である。河村眠雪の「百富士」の「橋下」にヒントを得て描かれた北斎の洋風版画「たかはしのふじ」は萬年橋より一つ手前に架けられた高橋を描くが、透視遠近法を誇張しすぎて、異様に高く描きすぎた橋桁が不安定であった。本図では構図の奇をてらいすぎず、安定感をもった遠近法が施されている。橋を歩く人々も多く描かれて賑わいを伝え、一人の釣人が対照的に川面に描かれる。
駿州大野新田・静岡県冨士市大野新田
大野新田は東海道の原から吉原へ行く途中にあり、富士が真正面に見えるところとして知られる。画面中ほど右に男島・久島とみられる小さな島が描かれることから、中景の沼は浮島沼を描いたものと考えられる。このあたりは沼が多くある広大な湿地帯であった。沼からは白鷺が五羽飛び立ったところだ。手前の街道には枯れ葦の束を牛に背負わせる農夫や刈り取った草を背負子で運ぶ農婦が描かれ、旅人の視界を追っている。正面向きの顔が多いのは北斎の特色。