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 第十四話 湊の杙 (くい)


 むかし三河の平坂(へいさか)の湊に、悪い狸がいて毎度船頭たちを困らせました。その狸の一番悪いいたずらは、杙に化けていて船頭に小舟を繋がせることでした。そうして舟の者が陸へ上がって遊んでいるうちに、その船をどこかへ持って行ってしまうのです。平坂の湊には杙などは全然なかったのですが、夕方に他所から来た船頭などは狸が化けていることを知らないので、「これはちょうど好い所に杙があった」とうっかり繋いで置いては小舟を流してしまうのでした。
 こういう狸の悪戯に懲りてしまって段々に平坂の湊へ遊びに来る者は少なくなりました。そこで土地の若い衆たちは「これは是非とも狸退治しなければならぬ」とある月夜の晩に、縄など棒などを小舟の中に隠して、三、四人の若い連中が漕いで出ました。土手の陰だけが少し暗くて、水の上は平一面に白く光っている晩でした。「この辺から上がって行くとよいのだが、何処にも杙がないなあ」と、わざと一人が大きな声で言いました。そうすると何時の間にか土手の近くに、太い一本の杙がニョッキと出ていまして。
 若い人たちはお互いに目を合わせて、知らん顔をしてそのそばを漕いで通ろうとしますと、水の中から小さな声で「クイックイッ」という声が聞こえます。狸は元来少し知恵が足りないので、誰も気が付かないのがもどかしくて、こんな声を出したのでした。
 「ああここに太い好い杙があったのに、ちっとも気が付かなかった」と皆して笑って、舟の中から綱を出して、早速その杙を縛りました。いつもの倍以上の太い綱でした。それをぐるぐると丈夫に舟に繋いで、それから次に棒を出して、寄ってたかってその杙を打ちました。
 そうすると忽ち杙が泣き出して狸の化けの皮がはがれて、とうとう悪狸は退治されてしまったということです。(三河幡豆<はず>郡)



 



 


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