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 第十七話 本取り山(もととりやま)


 昔々、越中砺波郡(となみぐん)の山奥に、どのくらい深いのか分からない洞穴がありました。山の麓に住む人たちは、いつでもこの岩屋の穴の口に来て、家で入り用なお膳だのお椀だのを、借りてくることにしていたそうです。たとえば明日はお客があって、うちの道具だけでは間に合わないという時には、前の晩にこの穴にやって来て頼みました。「私は村の何左衛門でございます。あすはこれこれのことで客を招くのですが、膳椀の数がたりませぬ。どうぞ十人前だけお貸し下さいませ」と言って、帰って次の日の朝早くまた行って見ますと、必ず立派な器が頼んでおいた数だけ、揃えて穴の口に出してあったそうです。それを使った後で洗って拭いて、次の日に同じ所へ持って来て「有り難うござりました」とお礼を述べて戻ると、いつの間にかそれがしまい込まれたということで、誰が貸してくれるものか、見たという者は一人もいませんでした。
 赤や青色の漆塗りの、まことに美しい膳椀であったそうです。ところがある欲の深い人がこれを借りて来まして、あまりの欲しさに返さないでおりました。催促に来る者もないことを知っていましたから、平気でいつまでもそれを使っていました。それからというものは岩屋の穴の口では、もはやなんとお願いしても、決して道具類を貸してくれぬようになったのは、当然のことでありました。しかしその不正直な百姓には、別になんの罰もありませんでした。そうして夫婦で働いて、少しずつ家が金持ちになってきたばかりでなく、その夫婦が子どものないのを寂しがっていたところが、そのうちに一人の男の子さえ生まれて、大喜びをしました。
 ただ困ったことは折角生まれた一人っ子が、五つになっても六つになっても、まだ立って歩くことが出来ません。今に立つだろうと言って待つうちに、とうとう十の歳になりました。秋の稲刈りが済んで、それを持ちこんで家の表の庭で、夫婦はせっせと籾(もみ)をこいて、俵につめておりますと、今まで足の立たなかった男の子が、家の中から這い出して来まして、そこいらを遊びまわっておりましたが、そのうちにふいと庭先に転がしてあった俵の中に入って、両方の手に俵をつかまえて、始めてその子が立ち上がりました。「ああ立った」と手を打って、夫婦が大喜びして見ていたところが、男の子はその俵を両方の手に持ったままで、なんと、今までに立つことすら出来なかった子が、すたこらと歩き出したではありませんか。
 夫婦も始めはただ不思議に思って見ていたのですが、あんまり急に足が達者になって、俵を下げたままで屋敷から外へ出て行きますので、びっくりしてその後を追いかけました。しかし足が早くてどうしても追いつくことが出来ません。そうして見ている間に段々と遠く山路を登って行って、おしまいに以前お膳やお椀を貸してくれた岩屋の中へ、ずんずん入って行ってしまいました。父親も大急ぎで後からその穴の口まで行って来て覗いて見ましたが、中は真っ暗で何も見えず、また怖ろしくて入って見ることが出来ませんでした。仕方なしにぼんやりしてそこに立っていますと、穴の奥の方で、話をする声が聞こえました。「やっと米二俵だけ持ってきた。これでまあ本(もと)だけは取れた」と誰かが大きな声で言うのが聞こえたそうです。
 この話はこれでおしまいです。それからこの岩屋のある山の名を、本取り山というようになったということです。(越中砺波郡)2017.6.23



 



 


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