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日本昔話(第二十三話) 海の水はなぜからい


 昔の昔の大昔、ある所に兄と弟とが住んでいました。兄は金持ちで弟は貧乏、年の暮れ
になっても明日の正月の支度も出来ないので、兄の家へ米を一升借りに行きましたが、ひど
いことを言って貸してくれませんでした。
 仕方がないから家へ帰って来ようとしますと、山路で一人の真白な髭の爺様が、柴を刈っているのに出逢いました。「何処へお前は行くのか」と尋ねますから、今晩は年越しだけれども、御歳神様に上げる米もないので、当てもなくただ斯うしてあるいているばかりだと申しました。「それは定めし困ることであろう。それではこれをやろう」と言って、小さな麦饅頭を出してくれました。「この饅頭を持って彼処の森の神様のお堂へ行って見ろ、お堂の後には穴があって、そこに大勢の小人がいてきっとお前の饅頭を欲しがるだろう。金でもなく他の物でもなく、石の挽き臼とならば取り換えてやろうと言って、その臼を貰って行くがいい」と教えてくれました。
 教えられた森のお堂まで行って見ると、成程六があって多くの小人が出たり入ったりして
がやがやと騒いでいます。何をしているのかと思うと、たった一本の萱に取り付いて、倒れ
たり転んだりしているのでありました。「どれ俺が持って行ってやるべ」と言って、指につまんで、運んでやりました。
 そうすると穴の□で、「入殺し人殺し」と蚊の鳴くような声がするので、驚いて気を付けて見ると、小人が一人下駄の歯の間に挟まっていましたので、急いで丁寧につまんで出してやりました。「なんたら力の強い大きな人だ」と言って見上げた拍子に、弟の手に持っている麦饅頭を見つけました。「それを是非私達に譲ってくれ」と沢山の黄金を持って来で前に積みましたが、兼て白髪の爺様に聞いていますから、「石の挽き臼とならは収り換えてもいい」と言って、とうとうその臼を貰ってしまいました。「これは小人の中でも二つとない宝物なのだが、饅頭の代りにお前に遣る。右へ廻すと欲しい物がなんでも出る。左へ廻すと出なくなる」と教えてくれました。
 それを大事にかかえで家に帰って見ると、女房が待ちくたびれていました。「年越しの晩たというに何処をあるいていた。米は借りて来たか」とやかましく聞きますので、「まあなんでもいいから早く茣蓙を敷け」と言って、女房に茣蓙をしかせて、その上に小臼を置き、「米出ろ米出ろ」と言って右へ廻すと、米がぞくぞくと一斗も二斗も出て来ました。この次は「鮭が出ろ」というと、大きな塩引きが二本も三本もひょこひょこと出た。それから順々に入用の物を皆挽き出して、その晩はなんともかとも言いようのない、目出たいお年取りをして寝ました。
 明くれば正月元日の朝で、「俺はこんなに俄長者になったのだから、今までのように人の片屋の借り住居などをしているのは面白くない。先ず新しい家を建てよう」と言って、挽き臼をまわして立派な家と、五間に三間の土蔵を出しました。それから長屋だの厩だの、厩に繋いで置く馬を七匹も出して、あとは「それ餅出ろ酒出ろ」と言って、あたり近所や親類縁者を残らず呼んで祝い事をする支度をしました。
 村の人たちはびっくりして呼ばれて来て、今までにないような御馳走になりました。昨日一升の米を貨さなかった兄も呼ばれて未ました。「どうして又一晩のうちに、こんな長者になったものであろうか」と、不思議で不思議でたまらないので、驚きながらもそちこち気を付けておりますと、やがて客人が帰って行く時に、お土産の菓子でも持たせてやろうと思って、そっと陰に入って弟が例の石臼を廻して、菓子出ろ菓子出ろと言っておるのを隙見をして、「ははあ今分かった。あの臼だな」と感づいてしまいました。
 それからその晩客が皆帰って、弟夫婦がよく寝てしまった時刻を見はからって、兄はそっ
と入って来て陰の部屋から、石の挽き臼を盗み出しました。そうしてそのついでに傍にあった餅だの菓子だのも取って、浜に出て見ると幸いに小舟がある。これにその宝の臼を載せて、綱を解いて沖の方へ漕ぎ出し、何処かの島へ渡って一人で長者になろうとしました。
 しかしその舟の中には餅や菓子のような甘い物は積んで出ましたが、あいにくと塩気の物が何もありません。「それでは何よりも先に塩を出そう」と、やたらに臼をまわして「塩出ろ塩出ろと」いいますと、さあ出たわ出たわ、忽ちのうちに舟に一杯の塩が出た。
 もうこのくらいで止めたいとは思いましたが、左へ廻して止めることを知らぬものですから、いつ迄もいつ迄も塩ばかり出て来て、とうとうその塩の重さで舟も兄も、盗んで来た石の小臼も、共々に海に沈んで今に誰一人として左に廻す者がない為に、海の底でその臼が、塩ばかり出して廻っております。それであの通り海の水は、塩からいのだということであります。(陸中上閉伊郡)2017.9.28





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