homewatchimagepaintpre2017

 
日本昔話(第二十四話) 犬頭糸(けんとうし)


 昔々三河国に、二人の女の人が隣りどうしに住んで、毎年蚕を飼って糸を取って暮しを立てていました。
 ところが一方の女の飼う蚕は、いつもよく出来て沢山の糸が取れるのに、もう一人の女の家では、どうも思うように育だなくて、段々に貧乏になりました。下女や下男もいやになって、追々にに逃て帰ってしまいました。
 最初に沢山に飼っていた蚕が、一つずつ死んで行って、いつの間にかたった一匹になっていました。ところがその一匹の蚕がよく桑を食って、毎日毎日大きくなってきますので、一匹ばかりでは仕様がないと思いましたけれども、それを大切に育てておりましたら、後には珍らしく大きな蚕になりました。
 或日その一匹の蚕を表に出して、桑をやろうとしておりますと、家に飼っていた白犬が尾を振って前に見ていたのですが、うっかりしているうちにその蚕を取って食べてしまいました。
 折角これまて一生懸命に大きくしたたった一匹の残りの蚕まで、犬に食べられてしまうというは、よくよく運の悪いことだと悲しみましたが、犬のしたことだから何ともいたし方がありませんでした。
 犬は平気な顔をしてそこに寝ころんでいます。女はそれを見て、情ないと思って一人で泣いていました。
 そのうちに犬がくしゃみをしたので気を付けて見ますと、その鼻の穴から白い糸が双方一筋ずつ一寸ばかりも垂れているのが、まるで絹糸の通りでありました。あまり不思議なので、糸の端を持って引いて見ますと、二筋ともどこまでも長く続いています。
 そこで試みにわくに掛けて繰って見たところが、二百三百のわくを巻いても、まだその糸が切れません。おおよそ四五貫目も糸が出たかと思う頃に、その白犬は倒れて死んでしまいました。
 これは神様のお使いだったかも知れぬと思って、犬を裏の畠の桑の木の下に埋めてやりました。
 その頃ちょうど京都には御大礼があって、天子様の御服を織る絹糸を、土地の役人が尋
ね求めておりましたが、今一人の女の家では、養蚕は当ったけれども糸か黒くて、節が多く
って御用になりません。ところが此方の糸を庭にかけてさらしているのを見ると、真白で光
が美しくてまことに結構な品であったので、早速それを御用に立てました。
 白犬を埋めた裏の桑の木には、その翌年から蚕が自然に生れて繭を作り、これも同じような好い糸になりました。
 三河の絹糸がそれから後、いつ迄も他の諸国よりも優れていたのは、全くこの犬頭蚕の種であったからだという話であります。





Copyright 2013 Papa's Pocket All Right Reserved.