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 第九話 米良の上漆


 
 むかし日向(ひゅうが)の米良(宮崎県の熊本県県境にある地名:めら)の山里に、安左衛門、十兵衛という二人の兄弟が住んでいました。二人ともに米良の山奥に入って、山の漆を掻いて渡世にしていました。
 ある時兄の安左衛門は山に行く道で、持っていた鎌を谷川の淵に落としていまいました。水練の達者な男ですから、直ぐに裸になって水に飛び込み、段々に深いところに入ってみますと、驚いたことにはこの谷の川の淵の底が一面の漆でありました。大昔から山々の漆の木の汁が、雨に流されて追々に溜まっていたのを今までは誰も知らなかったのです。これはまたとない幸運にありついたと、安左衛門は一人喜んで、毎日そこに行っては少しずつ漆を取り出し、それを好い値で売って、段々に金を蓄えていきました。
 近所に人たちは、何処であのような上等な品を手に入れてくのかと、皆不審に思っていました。その中でも弟の十兵衛は、この頃兄が自分と同行せず、いつも隠れるようにして出ていくのが気になるので、兄に悟られないようにして、そっと後ろから付けていく内に、とうとうその秘密を見つけました。そうして自分もその淵の底へ入って、漆を取って来て売るようになりました。
 兄の安左衛門はこれは困ったことになった。どうか弟には取らせぬように、いつまでも自分一人で取ることにしたいと思って、いろいろ思案をしたあげくに、町の彫物師に頼んで大きな木の竜の形を、念入りにこしらえさせました。角や鱗には赤青の絵具を塗り、金銀で目を描いてまるで活きた竜の通りに作って、それを誰にも知られぬように、密かに谷川の落合に持って行って、水の力で自然と動くように仕掛けておきました。
 弟の十兵衛は少しもこれを知らず、次の日もここへやって来て、裸になって入ってみましたが、見るも恐ろしい大蛇が水の底から、目をむき出して睨みつけているので、近くにも寄れないで、ほうほうの体で逃げ帰りました。
 兄はこの様子を遠くから見ていて、これからは自分だけで好きなだけ漆を取ることが出来ると、喜び勇んで水の中に入ってみると、確かに町の彫物師にあつらえて彫ってもらった木の竜でしたが、いつの間にか魂が入って本当に動き回っていました。
 そうして安左衛門が漆を取りに行こうとすると、今にも一呑にする勢いで、大きな口を開けて向かって来ました。そんなはずはないと思って、何度も何度も戻っては又行って見ましたが、どうしても気味が悪くて、その傍へ行くわけにはゆきません。淵の底にはまだ沢山の漆があるのに、とうとうそれを取り出すことが出来ませんでした。
 こんなくらいならば始めから仲よく、毎日兄弟づれで取りに来たほうがよかったと、非常に後悔したということです。(日向米良)

 



 


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