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 日本昔話三十話 蟹淵と安長姫


 昔々隠岐島の元屋という村に、年とった一人の樵がおりました。ある日、安長川の奥に入って、滝の後の山で木を伐っていましたが、つい誤って手に持つ斧を取り落して、滝壷の小さな円い淵の中に沈めてしまいました。そうすると忽ちその淵に浪が起り水煙が立って、そこら辺が真暗になりました。そうして水の中から黒い剌の生えた棒のような物が、浮び上って来ました。
 爺はこの様子を見て非常に驚き怖れて、一目散に山の麓の方へ逃げて来ますと、後からまことに優しい声で「爺よ、少し待っておくれ」という声が聞こえます。振り返って見ますと、絵にあるような美しい若いお姫様が、ちょうどその滝の所に立っておられました。
「私は安長姫といって、昔から、この淵に住んでおりますが、何時の頃よりかここには大きな蟹が来て住むことになって、夜も昼も私を苦しめています。今日はそなたが斧を落してくれたによって、悪い蟹は片腕を切り落されて弱っています。今大きな刺の生えたその腕が、流れて行ったのを見たでしょう。そのお礼を言わなければなりませぬが、まだ片方の腕が残っているので、安心をしていることが出来ませぬ。蟹は今淵の底の横穴の中で、腕の痛みで唸っている。どうかもう一度この斧を、滝の上から落しておくれなさい」と言って、さっき水に沈めた斧を手渡しました。
 爺は怖ろしいながら水の神をお助け申したいと思って、再びもとの山に戻って言いつけられた通りに、その斧を高い所から滝壷に投げ入れますと、姫神は大そうにお喜びで、「これから後は富貴長命、なんなりともそなたの願うまま」と言って、林の中に帰って行かれました。
 それから幾日かの後、甲らの周りの一丈もある蟹の、大爪の両方ともないのが、死んで海の口へ流れて出たのを、村の人が見つけまして、樵の爺の言った話を、本当だと思いました。
 そうして川の名を安長川、滝壷を蟹淵と呼ぶようになったということだそうです。この川の流れはどんな旱(ひでり)の年でも水が絶えません。そうしてこの水の神に雨乞いをすると、きっと雨が降るということであります。(隠岐周吉郡)2018.2.1





 









 


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