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 日本昔話(第三十三話) 藁しべ長者


 大昔の話。貧乏でなんともかともしようない人がおりました。大和の長谷の観音様に参って来まして、「どうかお助け下さい」と助から晩まで晩から助まで、幾日も幾日も一生懸命になって拝んでおりました。そうすると或夜の夜明け方に、まことに不思議な夢を見ました。
 観世音がお堂の奥の方から出てお出でになって、「其方は前の生の行いが悪かったので、今の乱世で報いを受けているということも知らずに、いつ迄もそのように祷っているのは愚かなことだ。其方に授ける福は何一つとてないが、あまり不便だからほんの少しだけの物を遣わすぞ。これから下向の路で何によらず、最初に手の内に入ったものを、賜わり物と思って持って帰れ」ということでありました。男はその夢を観音様のお告げと心得まして、もうあきらめて次の日は京都の方へ還ることになりました。
 ところが長谷のお寺の大門を出ようとするときに、どうした拍子でか、つまずいて転びました。起き上って気が付いて見ますと、知らぬ間に自分の手に一本の藁しべを掴んでおりました。「それではこれがあの夢のお告げの、観音様の賜わり物であったのか、心細いことだ」と思いましたけれども、根が信心深い男ですから、その藁しべを大切にして持って出て来ました。
 春の暖かい日であったそうです。途中で一匹の虻が飛んで来て、顔のあたりをうるさく飛びまわりました。木の小枝を折っておいますが、直ぐに又飛んで来てたかります。おしまいにはその虻を手で捕えまして、ちょうど持っていた藁しべでそれを縛って、その小枝に結び付けました。虻はぶんぶんと縛られたままで、枝のさきで飛びました。そこへちょう ど京都の方から、きれいな牛車に乗り数多の家来を連れて、長谷に参詣する人が来ました。
 車の中には小さな男の子と、その子の母親とが乗って外を見ていました。子どもは牛車の簾の中から、この男の手に持つ虻を見つけて、「あれが欲しい欲しい」と言いました。そうすると馬に乗った一人の家来が、急いで貪乏人のそばへやって来て、「若様がその虻を欲しいと仰せられる。なんとそれを差し上げてはくれまいか」と申しました。「これは只今観音様からいただいて来た藁ですが、お子さまがお望みとありますれば、差し上げましょう」と言って渡しますと、車の中の奥方は大そうなお喜びで、「咽が乾いたろうからお食べ」と見事な蜜柑を三つ、真白な紙に包んでこの男に下さいました。
 「わずかここまであるいて来るうちに、もう藁しべ一本がこんな見事な蜜柑になった。御利益は有り難い」と思いまして、又それを大事にして手に持って帰って来ると、今度は路の脇に二三人の従者をつれて、休んでいる若い女の人がおりました。「暑くて咽が乾いてどうしてももうあるくことが出来ない。何処かこの辺に水はなかろうか」とこの男に尋ねましたが、近くに井戸も流れもありませんでした。あんまり苦しくて気が遠くなるほど、若い女の主人が水を欲はしがるので、家来たちも困ってしまいました。
 「それならばここにたった今京都の奥様が下さった蜜柑があります。これを差し上げて御覧になってはいかが」と言いますと、女の人は大喜びで、早速それを貰って食べました。「ああこの人が来て蜜柑をくれなかったら、私は長谷の観音様へお参りも出来ずに、道中で死んでしまっていたかも知れない。何かお礼をしなければならぬのだが、旅のことだから他には何も上げるものがない。まあ何か食べて下さい」と、用意の御弁当を出して、そこで十分に食事をさせました。それから別れて帰ろうとしますと、「これはほんの心ざしばかり」と言って、荷物の中から好い布を三反出してこの男にくれました。
 その三反の布を脇にかかえで、男は喜び勇んでまた路をあるいているうちに、だんだん日の暮れに近くなりましたが、むこうの方から立派な馬に乗った一人の武士が、家来を引き連れて急いで来ました。なんと良い馬もあるものだなと見ておりますと、不意にその馬が此男の立っている前まで来て、ばたりと倒れました。「これは困ったことになった。今までなんともなかった馬が死んでしまった。仕方がないから後に残ってなんとか始末してくれ」と家来に言いつけて置いて、主人の武士は大急ぎで先へ行きました。この武士も家来も遠方から来た人で、どうすることも出来ないで弱りきって、家来たちは倒れた馬の傍に、しゃがんで評議をしておりました。
 「それではその馬は私が引き受けて片づけましょう」と、貧乏人は其家来たちに言いました。そうして「只で貰うのもお気の毒だから、これを上げます」とさきの三反の布の中から、一反だけ出してやりますと、家来たちは顔を見合せて安心したような様子をして、その布を持って急いで主人の後を追って去って行きました。 「観音様の御慈悲は争われない。一日のうちに、藁しべが蜜柑三つになり、その蜜柑が三反の布になり、布は又こんな良い馬になった。どうか出来ますならばこの馬を、今一度活き返らせて下され観音様」と、信心を凝らして念じているうちに、馬が目を開けて少しずつ動き出しました。大喜びで口を取って引き立てると、馬は立ち上って身ぶるいをして歩き始めました。人に見られると盗んだと思われるかも知らぬと思って、林の陰につれて来て、樹に繋いで休ませました。そうして夜に入って後に村里に行って残りの二反の布で麦と秣(まぐさ)、それから粗末な馬具などを農家から譲って貰って来ました。それで十分な支度をして、夜中になってからその馬に乗って、林の陰を出て来ました。
 京都に帰って来だのは、次の日の朝早くでありました。京都の町の入り口に一軒の大きな家があって、今日遠方に引っ越しをする様子で、荷物をくくったり人を喚んだり、家内中大騒ぎをしていました。こんな時にはよく馬の入用があるものだ。もしかすると買うかも知れぬと思って、門口に立って馬をお求めになりませんかと申しました。そうすると主人が出て来て、「これは如何にも好い馬だ。ちょうど是くらいの乗り馬を一頭、買い入れたいと思っていたのだが、旅に出るところで、お金に不自由している。この近くに少しばかりの田があるがそれをこの馬の代りに取って作ってくれぬか。それから此家も留守のうちは住む者がいない。預けて置くから私たちの帰って来るまで、入って自由に住んでいてよろしい」と言います。それで承知をして馬を渡しますと、喜んでそれに乗って、その日のうちに家の人たちは、遠い関東へ旅立って行きました。
 虻の男はその跡に住んで、譲り受けた田を耕し、忽ちに立派な農家になり、一年ましに暮しが安楽になりました。元の家主はその後何か事情があったと見えて、幾年経っても帰って来ませんでした。それで自然にこの大きな家が自分の物となり、永く子孫が繁昌して、大和の長谷の観世音の御利益を、感謝したという話であります。(2018.3.2)








 


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