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 日本昔話(第三十七話)  竈神(かまどがみ)の起り


 昔々或村に一人の百姓がおりました。旅から帰って来る途中で、夜に入って俄雨が降って 来たので、暫く路傍の道禄神(どうりょうくしん)の森の陰に、雨宿りをしておりました。そうするとその森の前を馬に乗って行く人があって、暗い所から声をかけました。道禄神はお宿ですか、今夜は何村にお産が二つあります。これから御一しょに生れ子の運をきめに参りましょうと言いました。森の中から又返事をして、折角お誘い下さったけれども、今はちょうど雨宿りの客があって、手が離せませんからよろしく願います。左様ならば一人で行って来ますと言って、馬の足音が遠くなりました。何村というのは自分の所のことですから、これは不思議なことだと気を付けておりますと、僅かばかりの後にその馬の主は帰って来て、又表の往来から声をかけて行きました。「本家の方は男の子、分家の方は女の子、女は福分かあって男は運がありません。これを夫婦にすれば女房の運で栄えるでしょう」と言いました。
 百姓は思いがけず、今日の赤子の運定めの話を立ち聴きしまして、急いで村に帰って見ま すと、ちょうど自分の家に男の子が生れ、隣りの分家では女の子が生れていましたので、す っかり驚いてしまいました。それで早速に相談をして隣りどうしで今から縁組の約束をしま した。二人が大きくなって夫婦になりますと、なるほど家は段々に繁昌しましたが、それを女房の運がよいお蔭だと、思っていることは亭主にはできませんでした。後には追々と気に入らぬことばかり多くなったので、赤飯を炊いて赤牛にゆわえつけ、その赤牛に女房を載せて、強いて遠くの野原へ追い放してしまったそうであります。
 女房は泣きながらその赤牛に乗って、何処へでも牛の行くなりに任せておりますと、段々 と山に入って山中の一軒家の前に来て止まりました。その家の主人は親切な男で、色々と世 話をしてくれますので、他に行く所もないから、とうとうその一軒家の嫁になりました。そうすると見ているうちにこの家の暮しが都合よくなってきました。後にはあまたの男女を使って何不自由のない身分になりました。
 そのちょうど同じ頃から、女房を追い出した本家の方では、損をするような事ばかり続いて、次第に身上が左前になり、しまいには親代々の田畠までなくして、零落して笊(ざる)売りになってしまいました。その笊売りがそちこちを売りあるいているうちに、ある時ひょっこり山の中の、立派な一軒家にやって来て、持っていた笊を残らず買って貰いました。
 それから後も他へ行っては少しも売れないので、毎日のようにこの山中の一軒家に来て頼 んで笊を買って貰うことにしていましたが、ある日その家のおかみさんがつくづくと笊売りの顔を見ていて、「どうしてお前さんはそのように落ちぶれたか、元の女房も見忘れてしまったか」と言うので、始めて気が付いて見ると、成程前の年赤牛に乗せて追い出してしまった自分の妻であったので、びっくり仰天して泡を吹いて死んでしまったそうであります。
 女房はそれを見て可哀そうに思いました。そうして誰も知らぬうちに、そっとその死骸を 竃の後の土間に埋めて、自身で牡丹餅をこしらえて供えました。その日外に出ていた家の人 たち下女下男などが帰って来ますと、今日は竃の後に荒神様を祀って、その御祝いに牡丹餅 をこしらえたから、幾らでも食べるようにと言いました。それが始まりで今でも百姓の家で は、牡丹餅をこしらえて竃の神のお祭りをするのだそうであります。 (上総長生<かずさちょうせい>郡)2018.4.18

 

 

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