昔々ある所に。爺と婆とが住んでおりました。春の彼岸に彼岸団子をこしらえていたところが、一粒の団子が庭に落ちて、ころころと転がって行きました「だんごだんご何処まで転ぷ」と爺がそう言って追っかけて行くと「地蔵さんの穴まで転ぶ」と言いながら、団子はとうとう穴の中に入ってしまいました。爺もその後から穴の中へ入って行きますと、穴の底は広くて、そこに地蔵さんが立っておられました。その地蔵の前でやっと団子をつかまえて、土の附いている方を自分で食べて、土の附かぬ方を地蔵さんに上げました。
そのうちに暗くなったからもう帰ろうとすると、地蔵さんが「おれの膝の上さあがれ」という。「勿体なくて上れません」。「いいから上れ」というからその通りにすると、今度は「肩の上さあがれ」といいます。「膝までもやっと上ったのに、とても勿体なくて上れません」と断りましたが、無理に上れというから肩の上へあがりました。そうすると、今度は「頭の上さ上れ」といいます。辞退をしてもなんでも上れというので、思い切って地蔵の頭の上に上がりました。'
そうすると一本の扇を地蔵さんが貸してくれました。「今ここへ鬼どもが来て博突(ばくち)を始めるから、よい頃にこの扇をたたいて、鶏の鳴く真似をしろ」と教えられました。案の定、大勢の鬼がやって来て博奕を始めたので、しばらくしてから地蔵のいう通りに鶏の鳴く真似をすると、「そらもう夜が明ける」と鬼共は大騒ぎをして、銭や金を沢山に残して置いたままで、皆逃げて行ってしまいました。それで爺はその金や銭を地蔵さんに貰って、喜んで家に帰って来ました。
うちでは婆が待っていて、二人でその銭金を広げて見て大喜びをしていますと、ちようど隣の婆が遊びに来てびっくりしました。「どうしてこの家では、急にその様に福々しくなったのか」と聞くので、正直な爺は有りのままの話をしますと「それならおらん家の爺も地蔵さんの穴へやるべちゃ」と言って、急いで帰って二人でわざわざ団子をこしらえました。そうしてその中の一粒をわざと庭に落しましたが、ちっとも転ばないので足で蹴るようにして、無理やりに穴の中に入れて。自分もその後からのこのこと入って行きました。地蔵さんの前に行って見ると、団子が土まみれになって転がっています。その中のきれいな所だけを自分が食べてから、まわりの土の附いたのを地蔵さんに上げました。そうして誰も上れともいわないのに、独りで地蔵さまの膝から肩、頭のてっべんまでさっさと上って、貸すともいわない扇を黙って取って待ち構えていますと、やはりその日も鬼どもが集まって来て、地蔵の前で博突を始めました。それで早速その扇を「はたはた」とたたいて、鶏の鳴く声を真似て見ますと、鬼たちは「もう夜が明けるのか、早いなあ」と言って慌てました。そのうちに一匹の小鬼が逃げそこねて、囲炉裏の鉤(かぎ)を鼻の穴に引掛けて大きな声を出して
やあれ待ちろや鬼ともら
鉤さ鼻あひっかけた
と言ったので、爺は思わず知らず「くすくす」と笑ってしまいました。「そうれ人間の声がした」と、鬼は方々捜しまわってとうとう地蔵さんの頭の上から、隣りの爺を引きずり落して、ひどい目に逢わせました。鬼が残して行く金を拾っで来る代りに、やっと命だけを拾ってほうほうの体で逃げて帰りました。
だからあんまり人の真似はするものではないという話であります。(羽前最上郡)2018.5.8