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 日本昔話(第四十四話) 『物乞い』の金


 むかし東京がまだ江戸であった頃、浅草の福井町に善五郎という貧乏人か住んでいました。日頃深く大黒様を信心しましたけれども、少しも金ができず、或年の暮れには、いよいよ困ってしまって、もう飢え死にをするより他はないということになりました。死ぬくらいならばいっそ身を捨てて、この近所の金持ちの家へ盗みに入り、少しなりとも金銭を取ってきて、せめてこの正月だけは楽に越して見ようと思いました。それを女房に相談しますと「泥棒をするよりは飢えて死ぬ方がよい」と言って、賛成をしてくれません。
 それでもまだ思い切ることができないで、そっと女房の寝入ったのを見すまして、家を出て近くの大家の塀の外に立って、内の様子を覗きました、それからなんとかして入って見たいと思って、その板塀に手を掛けて越えかけましたところが、雪の後なのでつるりと足が滑って、外へ落ちて気絶をしてしまいました。
 そうすると夢を見るように、大黒天のお姿がそこに現れ、あたりは光り耀いて山の如く金銀財宝が、その足元に積み重ねられてありました。「この永い年月の間、一日として信心を怠ったことのない者に、どうしてこれ程あまたある物を、少しでもお恵み下さいませんか」と言いますと「その方には授ける福分が少しもない。この金銀財宝にも主がある。その主に頼んで借りるより他はない」と、大黒様が言われたそうです。
 「それではどこにその主はおりますか」「ついこのさきの橋のたもとに寝ている『物乞い』が、この金銀の持ち主だ」という答えでありました。それにはびっくりしてしまって正気になりましたが、根が正直な善五郎すぐにその足で大黒様の教えの通り、橋のたもとに行って見ますと、なるほど一人の汚い『物乞い』が、菰を被って寒空によく寝っていました。
 それを揺り起して、くわしくわけを話し「証文を入れるから三百両だけ貸してくれ」と申しますと、『物乞い』も驚いてしまって「そんなことができるものか」と言いました。「でも大黒様の確かなお告げだもの、なんでもかでも貸すことを承知せよ」と、家へ連れて来て三百両の借り入れ証文を書いて渡し、おまけにこれから親類のつきあいをしようという契約をいたしました。
 「さあこうして置けば、もはや金が見付かるかも知れない。先ず自分の家から探して見よう」と、女房に手伝わせて床板をあげ縁の下をくまなく改めて見ると、隅の方に少し小高い所があって、その土の中からちようど三百両の金が出てきました。
 それを元手にして稼いでいるうちに、段々と身上がよくなりました。勿論(もちろん)かの『物乞い』は直ぐに連れて来て、相応に分配をして家を持たせ、両家共々に繁昌していました。ところが、善五郎夫婦には子供がなく、後に『物乞い』の家の方から、養子をしてその財産を譲ることになりました。
 そういうことで、結局は大黒大のお示しの通り、福分はすべて『物乞い』の家のものになってしまったわけであります。2018.8.31

 


 

 

 

 


 

 

 


 

 

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