これから話す物語は明治の文豪正岡子規が、青年時代から書き始め25年間も書き綴った随筆を、勝手に現代風に変えて読んでもらおうという不遜な試みである。
愛郷心
愛国心とは妙なものであって、道理もない事であるが、まあよくこの日本というような結構な国に生まれたもんだと思うことが度々ある。これと言ってどう日本がいいかと思うほどのことはないが、赤髭よりは緑髪の方が何となくよいような気分がする。
また小さく言えばよくぞ伊予松山というようないい処に生まれ、よく我が家に生まれ、よくも我が親の子となり、よくも我が身に生まれたもんだと思うことがある。
無論話の筋としてはもうちょっとお金持ちの家に生まれ、もう少し才能のある者に生まれたらなあと思うこと無きにしも非ずであるが、気持ちとしてはやはり我が身を愛し、わが故郷を愛し、わが親を愛すということは奇妙なものである。多くの人も皆このような感情があるのではないかと思う。
演説の効能
去年の末のことである。一々会という集まり(*クラブ)ができて、同級生の演説の腕を磨こうということだったので、小生もこの会に入っていたのだが、ある人の話しに「私はこの会があるために大ぴらに人前で話すことを経験して役立った」とあった。
小生は国(*故郷)にいた明治15-16の2年は何も学問をせず、ただ政談演説のようなものを行っていい気になっていたいたものである。今思い返すとこれは大変小生の進歩を妨げたことに相違ないが、ただ一つ役立ったことは、聴衆を前にして演説することに馴れたということである。
小生は臆病者で人前に出るのは恥ずかしかった。このお陰で幾分かは自分のためになったと後日気付いたのである。2019.3.31