これから話す物語は明治の文豪正岡子規が、青年時代から書き始め25年間も書き綴った随筆を、勝手に現代風に変えて読んでもらおうという不遜な試みである。
ある日陸(くが)氏を四谷に訪ねた。帰りは夜になっていた。月は明るく空に雲はなかった。風は身を刺すよう冷たく、月はさらに冴え渡り、地上には霜が降りてきそうだ。これから神田まで帰るにはずいぶん骨の折れる行程になりそうなので、何か工夫がないかとガマグチ(財布)を取り出してみたところ、小銭が三つ四つしかない。情けないと思いながらAnything is better than nothing(何もしないより何かした方がまし)ということで、早速芋屋に駆け込めば「お幾ら」と言われた。間が悪かったけど、仕方なく勘定すると6厘しか持ってなかったのでそう言うと、芋屋も心得たもので、同情してか細い芋を少しおまけしてくれた。
「有難い」と言って受け取って、袂(たもと)と懐(ふところ)に入れて、手を懐に同居させ衿元からなるべく少し出して、長い芋を口に押し当てると、口は少しうつむいてムシャリムシャリと喰った。これで随分元気が出て助かったが、喰いながら思うとさっき芋屋に払った銭はどうも7厘だったようだ。「ああ1厘損をしてしまった」と呟きながら、芋を全部喰ってしまった。
どこまで帰ったかとぐるりと見渡せば、まだ番町の近くで下宿まではまだ半分の所であった。2019.1.9