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これから話す物語は明治の文豪正岡子規が、青年時代から書き始め25年間も書き綴った随筆を、勝手に現代風に変えて読んでもらおうという不遜な試みである。

 筆まかせ抄現代訳 第二十七話 修飾


 私は元々修飾(*着飾ること・オシャレ)を好まない人間である。破衣弊袴(*はいへいこ:外見に無頓着な様。風采を気にしないこと。ぼろぼろの衣服に破れた袴の意から)を以て無常の快楽とし、美衣美服を見るのは嫌いで吐き気を催したものだが、追々とオシャレをするようになってきた。その原因を探ってみると、世の中がまだ未成熟の時代は質朴(*飾り気がなく素直なこと)の風潮を守っていたが、段々に時代が進んで修飾を好むようになってしまった。
 時代の変化は日本においても明治維新以来年々修飾の度合いが著しく高まってきた。人の身の上に起きることも同様で、幼い時は綺麗な着物を着たいなどとは思わないのだが、年を取るに従って人目を気にして、ひどく着飾ることになる。その上このごろは諸学校の制服が統一されたことにより、自然と衣至骭袖至腕(*衣(ころも)は骭(かん)に至り袖(そで)腕に至る《頼山陽「前兵児謡」から》短い着物を着て、すねと腕をまる出しにしている。剛健な気風をいう)の書生は減ることになり、襟飾りをつけ時計の鎖をぶらさげる学生が増えることになった。そういうことであれば私も一人の人間として多少はこうした変化についていくべきところだが、ましてや世間の様子はこのようであるので、感化されるところは一層激しく、洋服を着ると襟をつけるようになり、後には洋服にゴミがつくことが気にかかるし、靴を磨かないと気持ち悪く思うように至っては、凡夫の心となって、これは浅ましいことである。
私は4,5年前に
      頑是なき子供心は悟りをば開かぬ先の悟りなりけり
と詠ったが、まさにそういうことでこれから先次第に地獄に堕ち罪科が増すだろうなという感がある。2019.8.23


 

 

 

 

 

 

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