神奈川区誌最終章(3)
神奈川区誌の記録も今回のシリーズをもって幕引きとさせていただきます。区誌本編では現代まで続きますが、それは割愛し、これから紹介する「神奈川滞在記 ロバート・フォーチュン」が最終章となります。
6 神奈川滞在記(3)
コウャマキは立派な樹木で、興味がある。 濃緑の輪生の広葉を持ち、傘のような形をしているので、他の針葉樹と同種類とは思えない。外観は概して円錐形で、広がらず、枝や葉が密生して、幹が完全に隠れてしまうほどである。 この立派な樹木がはたしてイギリスの気候に耐えられるかどうかは、さらにわれわれが実際に経験してみた上でなければ、何とも言えない。 しかし、もしそれが可能であったとすれば、イギリスの観賞用松類の目録には、大きい掘り出し物である。
豊顕寺の本堂の構えや仏像は大したものではないが、寺内の丘陵には、単なる住居ではなく、僧倡の養成所と思われる小さな離れ家が散在していた。どの家も、日本の装飾用草花類を植え込んだ美しい庭の真中にあって、よく刈り込んだ生垣に囲まれている。 寺内は十分に手入れが行きとどいて、広い参道は毎日掃除をしているとみえて、どこに
も雑草一本、枯葉一枚落ちていなかった。
さらに見上げるような高所に、年中閉ざしたままらしい大きな神社がある。粗雑な木造であるが、藁屋根だけは寺のように立派だ。 境内や参道やそのほかの場所もきれいに清掃され、整然としていた。この寺の周辺では一人も神職を見掛けなかった。
恐らく仏教は、もともと日本国民の宗教であった神道に属するもので、後から特殊な形式で仏数
が移入されたのだろう。
その僧院を訪れた時、 みな修業か祈祷をしていたと見えて、 時々一維かが熱心に祈祷をしているらしい鈍い単調な声が聞えた。それも間もなくやみ、再び静寂に返った。さんさんと輝く太陽光線が、枝を張った木の間から放射して、荘厳な静寂に包まれた辺りの情景が、日本の家庭の安息日を思わせた。
寺の周りの森の中には、快い日蔭の小道が幾つもあった。 丘に通じる道をぶらつきながら頂上に到達して、その景色に見惚れた。寺の屋根や庭が下に見えたが、視界を谷を越えた向い側の樹木の繁茂した丘に転じた。 西方を振り返ると、箱根連山が横たわり、半ば雪を冠つた美しい富士が、山の景観の女王のように見えた。 このすばらしい風景は、私の記憶に永久に鮮明な印象を残すことだろう。
寺の屋根 この豊頭寺の僧院に別れを告げる前に、寺の建築様式、殊にその集屋根を詳細に観察した。 壁は木材の枠組様式で、緊密に接合されていた。が、 一見して重厚な建築ではなかった。これはむしろ、非常な厚みと重みのある屋根の構造に起因している。といってもやはり、重い屋根を支えるのに十分な強固な建築だったに相違ない。
寺の屋根は総て、 目本にどこにでもあるカヤで葺いてあった。 私は世界のどこでも、こんな見事な草葺屋根を見たことがない。
実際、日本を訪れる各国人の讚美の的になっている。建物の構造を注意深く調査すると建築の本質や、特殊の構造の合理性が、誰にもすぐに了解されるだろう。
我々がイギリスに建てるような建物は、激しい地震が頻繁に起こる日本では、非常に危険だと思う。だから日本家屋の主要部分は、 枠組にあると言うべきで、すべての横木がそれぞれ隣接のものと組合わされて固着している。 従って、ひどい地震で地面が震動しても建物全体が揺れたり傾いたりするが、倒壊はしない。建物を安全にするためには、 強固で重い屋根が必要になるらしく、実際に屋根は重々しく厚みのある構造になっている。
日本のこの地方の森には、日本語でケャキ(シーポルトのUlmusKeaki)という大へん立派なニレ科の樹がある。 この樹木(欅)は寺の屋根をささえる強固な梁などの建築資材に使われる。 この木の材質は極めて美麗であるが、 木材の骨組が全部むき出しに見える構造だから、 材質の美しいことは、 重要な条件であることは言うまでもない。
2019.12.28