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  現在「懐古趣味」は江戸の職人の姿を当時の浮世絵師の手で描かれたものを彩色しなおすととともに、それぞれの職業を出典の「江戸職人聚(三谷一馬:中公文庫)」から選びだして解説しながら紹介している。 青色の太字をクリックすると 、画像が表示される。

 江戸の職人 第四話「金物」の部2020


鋳物師

 鋳物師は石、土、砂などで型をつくり、それに溶解した金属を流し込んで種々の器物を作る職人です。この職人を平安時代以後は鋳師、鋳造匠と称しましたか、普通「いもじ」と呼んでいました。
 鎌倉時代からは鋳物師といわれるようになります。鋳物の歴史は古金石併用時にすでに銅鐸、銅鉾、銅剣の類か鋳造されていました。仏教伝来以後は高度な鋳物技術が更に進歩して、仏像、仏具灯籠、鏡などの優秀な製品を作り出すよ、つになります。しかし、この当時は貴族、寺院によるものが主で、一般の庶民の需要はありませんでした。
 絵は、鋳物師が溶かした金属を原型に流し込んでいるところです。この原型が蝋型だと蝋型鋳造で、木型だと江戸後期の村田整珉か使った鋳造法で、まず原型を木型で作り、蝋型のように鋳土で外型、中型を作り、木の原型を灰にして、これに溶かした金属を流し込みます。
(出典・合巻『喜怒哀楽堪忍袋』文政十一一年歌川国安画)

針金師
『人倫訓蒙図彙」の針金師の項には「〔引鉄師〕鉄しんちう銅をもって是を作る。針やこれをもとめ、或は物を巻、銅等は籠を編で窓に用。乂は虫籠に用ゆ。」とあります。
 江戸時代の針金は、板状の鉄を細く橫に切断して、一本、一本鍛造したといわれています。しかし絵の針金の製造法は、ヨーロッパで古くから伝えられている方法です。
 飯田賢一著「鉄の語る日本の歴史」に、次のように記されています。
「この山口県のたたら製鉄の鉄山に付設された鍛冶の仕事場(これを大鍛冶場といった)の
図をみると、棒状の鉄(錬鉄)を赤熱して鍛造の方法によって長くつなぎ、これを線びき
の機械にとおして、はりがねにしている作業が記録されている。線びきの機械の丸い穴は
ダイスといわれる一種の工作道具ともみられ、テコの原理を応用して、この穴に鉄材を通
過させて、線状に圧しのばすわけである。」
 江戸時代には、針金を腕に掛けて江戸市中を売り歩いた者がいました。
『奴師労之』に、「明和(1764~72)のはじめまで「針がね-二尺一文針がね」とよびて江戸中を売あるく老父あり、予か若き時牛込に居りしに此辺へは毎月十九日に来りしなり。風説には此老父隠密を聞出す役にて、江戸を一日づ、めぐるといへり」とあります。この針金売りが来なくなったのは、天明(1781~89)頃といわれています。
(出典・絵巻『先大津阿川村山砂鉄洗取之図』江戸末期筆者不明)





 

 
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