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これから話す物語は明治の文豪正岡子規が、青年時代から書き始め25年間も書き綴った随筆を、勝手に現代風に変えて読んでもらおうという不遜な試みである。

 筆まかせ現代訳 第五十一話 筆頭菜(つくし)狩(2)


 小川を渡って右に曲がって鉄山の案内について行くと、どうも道に迷ったようだ。百姓屋を見付けて入り、水を飲ませてもらい、道を尋ねてようやく板橋公園に出た。ここでまた土筆狩りをはじめ、肩掛けカバンと二つの風呂敷をいっぱいにした。2時半ごろになると晴れていた空が一転かき曇り雨がぽつぽつと降ってきた。初雷の音もおどろおどろしく聞こえてくる。これはいかんということで茶店で休憩しているうちに、雨は勢いを増して降りつのる様相を呈してきた。さて王子にまで急ごうとひた走りに走って王子権現に行き着いた。
 まだ咲き残る山桜の花びらが風の間に間に飛び交うのもいい景色で、社(やしろ)のふもとの川辺に咲き乱れる桜はことに美しかった。石段を下って停車場に着くと、どこかの私立学校の運動会の帰りと見える赤白まだらの防止を被った少年たちで停車場は踏み場のないほどの混雑で、これでは乗り込むことはできないだろうと判断し、道を変えて滝の川道に沿って水道の下の土手でつくし狩りをしようと立ち寄ったのだが、つくしはどこのもなかった。折から雨はまた激しく降ってきたので、しばらくの間水道の下で休んで周囲を見渡すと、麦緑菜黄の景色もまた無くて趣があった。雨の晴れ間をうかがってここを立ち去り、人力車に乗ろうという鉄山をなだめて歩くことと決めて、しょぼふる春雨に濡れながら帰途についた。
 西ヶ原のほとりで衆議一決して、一人一本買うことにして芋屋に立ち寄り、2銭の焼芋を自分の帽子に入れて外に出ると、雨はたちまち晴れて日光が顔を射る。これにはみんな驚いて言葉もなかった。「いくら書生でも青天白日に焼芋とは恐れ入るねー」と途惑いながら進んでいくと、向かう先に小さな橋があり、橋の上に我が中学校の生徒が2,3人剣呑な風情で待ち伏せしていた。我々はこれにはびっくりして慌てて路を左に転じて、野道を選んで逃げ始めた。その動きの速さは名古屋の大演習にも負けないくらいだと思った。しかし其十が評するには、「逃げ様が度外れで見苦しかった」と「全く仰せの通りだ」
 小川で大根を洗う百姓をながめ、豆を植えたあぜ道に沿ってつくしを摘みながら歩いて行った。
 草化して胡蝶になるか豆の花
 それから片町のほとりにでた。植木屋が多くあり、中に芝を養生する広場があった。我々は野球狂にとっては、それがすぐ目についた、「ここでボールをうちたいな」と思った。
 春風やまりを投げたき草の原
つかれた鉄山を引き立てながら宿舎に戻った。この日の鉄山の句
 蝶の飛ぶあたりに賤の摘菜哉
 画をかいて人に見せたし春の野辺
帰舎後大勢で集まってつくしの袴をぬがせて、翌日の昼飯の菜として腹の中に収められた。 2020.3.12

 

 

 

 

 

 

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