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これから話す物語は明治の文豪正岡子規が、青年時代から書き始め25年間も書き綴った随筆を、勝手に現代風に変えて読んでもらおうという不遜な試みである。

  筆まかせ現代訳 第六十話 上京紀行(完結)


 船室の前に長いテーブルがあって、上に新聞が十紙余り置いてあり、煙草盆、火鉢、茶道具なども備わっていた。おまけに、呼び鈴までがじっとして用事があるかと待ち受ける様に控えていた。私は余りの嬉しさに室内に安んじることができずに、一先ず甲板に出てあちこちと歩き回ったが、すぐさままた船室に戻って、上の寝台に寝て考えた。「さっき東京へ行った夢は吉兆だった。これが実に感歎すべき枕であって、さっき余所の室へ迷い込んだのはいかににも格好が悪かった。おまけにあいつが素敵な美人であったから間が悪かった」などと妄想が浮かび出て、どうしても眠られず、たちまちまた起き出て、前のテーブルに腰掛け、戯れに下記の詩か歌かわからないものを書きつけたりした。
 相の子(* 合いの子)の毛色のかわったところをご笑覧あれ。
   いつか見そめし赤功(あかてがら) 三年このかた気も楓
   雪の降る日も通い筒 くれどなびかぬ深工(ふかたくみ)
 この紀行を書いている内に疲れてしまったので寝床に上った。翌朝夢さめて甲板に上って見ると、この船は金陵ではなくて金竜である。こいつはしまった。昨夜から続いた妄想はことごとく夢となった。アア金毘羅様にばかされた。
 午前9時半神戸に着いた。これからさきは相変わらず書生となった。もうこれっきりだ。

 2020.5.20

 

 

 

 

 

 

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