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これから話す物語は明治の文豪正岡子規が、青年時代から書き始め25年間も書き綴った随筆を、勝手に現代風に変えて読んでもらおうという不遜な試みである。

  筆まかせ現代訳 第六十五話 賄征伐(5)


 今は皆々腹も肥え、その上にこれ以上飯を食うこともできず、無理に詰め込んでみても飯を余計に食うほど意気地ないことはない。皆々この上はどうしたものだろう。これをもって本日の征伐を終えるのであれば、我らが日頃の辛苦も絵餅となってしまうと、心の中で気をもんでいる内に、塩屋氏だったと思うが、いきなり一人の給仕をひっ捕らえて、自分の席を離れ、彼奴(*そいつ)の頭を拳骨一発喰らわすと、そいつも図太い奴で直ぐに「何でい、何でい」といって殴り返さんとしようとしたのを、同級生たちは何をしようというのだとばかり、「何だ何だ、何するのだ何するのだ」などと叫び皆一斉に席を立ち、その喧嘩している所に押しかけたので、食堂は俄かに陰雲の雨になったよう有様で、数十人の二級生三級生は皆席を離れて、そっちへ進軍していくと、舎監や賄方の狼狽は言葉にできな程で、彼を制しこれを止めながら、大勢に押されて賄所の入り口まで引き下がったがって、そこの戸を閉じてようやく食い止めた。
 この時の最中には後ろから投げられる皿の類はまるで弾丸のように我々の頭上に落ちかかってきたのだが、舎監がかれこれと我らをなだめ、賄方をしかりつけたので、我らも今はこれまでとドッと勝どきを挙げた。それから引き上げる途中に、我ら同級生は自分の座っていた食卓をひっくり返したので、醤油は滝のように流れて、皿や鉢はこなごなに砕けて雪のようであった。それを後ろに見て再度ときの声を発して、一斉に食堂を引き上げる姿は勇ましいものであった。
 私も自室に帰った後、ヘルの上着を見ると肩から裾にかけて醤油で濡れていた。思うに後ろから飛んできた見方(*味方)の逸れた矢が当たったものであろう。皆で一室に集まって今日の武勲のほどを語り合った。
 二級三級生などは皆我々に声援をしてくれたが、本科生ニ、三名は私らの室にやってきて「今聞けば今日は賄征伐の催しがあったというが、かねてから廻文(*回覧文)があったという話だが、我らはすこしもこれを知らない。その廻文さえ見たことはない。実に残念なことだった」など八方弁解して帰っていった。同級生皆その後「実に憎さも憎き奴ばらだ」などと噂し合った。果たして廻文を見たのか見なかったのか私は知らない。
 同夜は舎監に迫り食時のために通常の門限(七時)をのばしてもらい外出した者も多かった。 2020.6.28

 

 

 

 

 

 

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