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郷土の歴史「神奈川区」38

神奈川区誌最終章(5)
 神奈川区誌の記録も今回のシリーズをもって幕引きとさせていただきます。区誌本編では現代まで続きますが、それは割愛し、これから紹介する「神奈川滞在記 ロバート・フォーチュン」が最終章となります。

6 神奈川滞在記(5)
 東林寺のアスナロ
  東林寺は小じんまりとした寺で、たった一人の僧と尼が仏に仕えていた。だが、本堂は整然と清掃されており、床には畳が敷かれ、壁には彼らが美術作品を高く評価していると見えて、多数の絵画が飾ってあった。その後私は彼らの熱心な頼みで、「絵入りロンドン・ニュース」とイギリスの漫画雑誌「パンチ」を贈ったら非常に喜ばれた。
 僧と尼は初対面の私を丁寧に歓迎してくれた。彼らはトミと親しいことが判ったので、私もすぐに打ら解けた。狭い縁側の障子を開けて、清潔な畳の上に坐るようにと招じ入れた。 そして牛乳や砂糖のはいらない、支那風の上等なお茶が出されたが、頗る快適であった。 茶を啜りながら、 しばらく辺りの風景を観察した。 静かな人気のない稲田が前景をなし、その両側や後ろの丘には多種の木々が密生していた。 松や常緑の柏、栗、竹、シュロなど、どこにもある種類であったが、シュロだけは幾分熱帯的風趣を呈していた。 そして私の坐っている右手の丘に、それを観るためにやって来た見事なアスナロ(ThujoPsis dolabrata)の一群を見付けた。
 森や寺を包む壮厳な静寂は時々キジの叫び声や森の鳴禽たちの明るく快いさえずりで破られた。 何とここは、世捨人や、あわただしく騒がしく、圧制的な浮世の苦労に疲れた人達の楽園であることよ。
 私は黙想するためにのみ、ここへやって来たのではない。そこで茶わんを置くと、人の好さそうな僧侶に、アスナロを近くで検分したいと言ってみた。すると老僧は快く道案内をしてくれた。アスナロの木立の中に古い墓地があった。 この木は墓地が出来た時に、数本の杉と一緒に植えられたものに違いない。
 アスナロは美しい樹である。垂直にそびえて、均斉のとれた高さは80-100フイートに及ぶ。 こまかな暗緑色の葉が、幾重にも重なり合って茎に付着しているので、ちょうど組紐を編んだような外観を呈している。 銀色の葉裏が、風に吹かれると幾分目立って見える。高い枝の辺りに果実の房を認めたが、とても手はとどかない。 そこで木登りの得意なトミと私が靴を脱ぎ捨てるが早いか、アスナロの木によじ登ったので、びっくりした坊さんは、声を呑んで突っ立たったまま、われわれの行動を見上げていた。



途中の最色
 東林寺周辺の調査を終えた頃には、午後も大分時間が過ぎていたので、僧と尼に別れを告げて、来た時とは別の道を取って帰途についた。その道は十分に耕作された広い田園に続いていたので、私は収穫の実況に、注目した。稲田は一面に黄色に熟した稲穂で埋まり、刈入れをまつばかりであった。高地では早くも(11月10日)、発芽したばかりの小麦や大麦が育生している。種子は英国の農法のように、 ばら播きでなく、 2フイ-ト3インチおきの列になっている畑地に、 ひとつかみ25粒から30粒ぐらいの種子を、各列それぞれ、約1フイート間隔の溝に、 手で落して播いて行くのである。
 私はしばしば農家に入ってみたが、家は多くは山麗の畑地に建てられ、後ろに森があり、前には稲田があった。屋根は寺のような草葺屋根であったが、この畑はとりわけ整っているので、畑全体が農地というよりは、庭といった感じであった。
屋根は寺のように立派で堅牢な造りではなかった。そして屋根の背にほとんど例外なく、イチハツが生えていたのは、 いかにも田舎風のおもしろい眺めだった。
 道端や農家の庭には、殆どと言ってよいほど、茶の樹が裁培されていた。この地方では茶の裁培は、大がかりに行なわれていなかったが、 明らかに自家用としては十分な量が栽培されていた。
果樹と野菜
 各種の果樹類も、この山麗の村の近傍でどこでも栽培されていた。ナシ、スモモ、ミカン、モモ、クリ、ビワ、クルミ、カキなどが、この周辺で取れる最も一般的な果樹であった。
この地方の葡萄の樹は、はなはだ優秀な果実を産出する。房は中くらいだが、褐色の果実は度が薄く、風味は十分食欲をそそるに足る。イギリスにもすぐれた品種はあるが、 この日本産葡萄は価値あるもので確かにアメリカ合衆国では、最も高く賞讚するに違いない。(中略)
 冬の野菜では、ニンジン、種々のネギ類、ロポウー(大根の種類〕、ゴポウ(Arctium9obbo)、ハス、百合根、カプ、ショウガ、クロクワイ(ScirPus tuberosus)、サトイモ(Arum esculentum)、ヤマノイモなどがあった。

2020.1.12



 
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