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郷土の歴史「神奈川区」40

神奈川区誌最終章(7)
 神奈川区誌の記録も今回のシリーズをもって幕引きとさせていただきます。区誌本編では現代まで続きますが、それは割愛し、これから紹介する「神奈川滞在記 ロバート・フォーチュン」が最終章となります。

 神奈川滞在記(7)
婦人の信仰
 神奈川周辺の野原の諸所に祠があって、粗雑に彫った石仏に、地元の人達が線香を上げたり、塩や賽銭やその他のものを供えている。ある日、道で、日本では上流階級に属すると思われる、かなり盛装した三人の婦人に出会った。彼女らの後から、仏像に供える線香の束と紙を持つた一人の下僕が伴をしていた。彼女らは外国人に逢ったことに興味があるらしく、すこぶる如才なく、私にどこへ行くのか、いつ来たか、どこの国の人か、などと尋ね、 私はそれに答えてから、彼女らに同じような質間をした。
 彼女らは神奈川から来て、数百ヤード先の原にある一祠に香を供えに行くところだと言つた。 私はその模様が見たかったので、波女らと一緒に祠へ行くと、三人の中では一見して最年長の婦人が下男の手から香を取って火を点じ、石像の前の石のくぼみにおいた。 それから祠の前に低頭して、手にした数珠を爪繰りながら、何やら祈願をつぶやいていた。彼女のうしろに、もう一人の帰人が敬虔な態度で並び、その後に三番目の婦人が立つていた。順繰りに簡単な祈願をする間に、彼女らは笑ったり、私に話しかけたりした。わずか二分間ばかりで拝礼が終わると、三人の婦人は懐中から取出したきせるに煙車をつめ、私に葉巻の火を乞うた。 私は快くその依頼に応じて、一緒に愉快に喫煙してから、最上の友人と別れた。
農作物と季節の花
 時あたかも五月の末だったので、田舎の景色はかなり変化していた。 畑の大麦は黄熟して、農夫の刈入れは数日後に迫り、熟した菜種はすでに収穫が始まっている。 農夫は刈入れのすまぬ小麦の間に、夏作物の種まきや商の植え付けに忙しく働いていた。夏作物には大豆、他の豆類、ナス、サツマイモ、ワタ、ウリ、キュウリ、カブ、陸稲、ゴマ(Sesamum orientaus) などが含まれる。
 春の花はみんな終わっていた。 花びらを散らして歩道を飾った、華麗な桃や梅の木は、もう葉ばかりになっていた。ツツジ、ツパキ、スミレ、サクラソウや、あの艶麗なフジの花も、すべては花の季節が過ぎて、来年の開花期までは見ることができなくなった。けれども春の花の時期が過ぎても、美しさにおいてはひけを取らぬ初夏の花が、所を得て開花し、森や生垣や庭を快い色彩の集団でいろどり、大気はかぐわしい花の香りに包まれていた。ちょうど野ばらの花盛りで、生垣や堤の草原にその白い花が咲きみちていた。




 どこにでも繁茂していたハコネウッギ(Weirea) もまた、花の季節であった。五月の末から六月にかけて、ウツギ(deutzia scabra) やエゴノキ(Styrax japonica) が大変美しく、丘や生垣や川岸のいたる所にいっぱいある。 エゴノキは年の暮れにフシを生じ、それから赤みがっ た染料が取れる。 スイカヅラ(Caprifolium japonicum)もまた豊富で、花は野パラととも快い匂いを大気に放っていた。
 庭には春の花とはまったく異なる、美しいピンクの芍薬が満開であった。それに夏咲きの菊も盛りで庭は極めて華やかにいろどられていた。 これらのほかに、佳品のハコネウツギの新しい一品種や数種のテッセン、アャメ、シモツケ(SpirceaReevesiana) 白い木香パラなどに注目した。
 日本の花には香りがないというのが、外国人の一般的な批評であるが、ある人は日本の天然の地質によると言っている。 だが、この説が当を得ないことは、上述の芳香をもつ種々の植物を見ても明白である。すなわち、スイカヅラ、パラ(特に木香パラ)、クチナシ、 シャクヤク、月下香ほか数百の他の花々も、他国の匂いある花と同様に、日本で芳香を持つている。 スミレには匂いはないが、これは土壌のためではなく、品種によるらしい。
(中略)
六月の花と果物
 私は六月の間に注意して、本国に紹介せねばならぬ、かなり興味のある種々の未知の植物を発見してコレクシヨンに加えた。ある日、オダマキの熟した種子を探しに田舎へ行った時、ささやかな寺の庭でまったく偶然に、バラ色の八重咲きのウッギの新種を見付けた。 ちょうど満開の時期で実に見事であった。寺の尼僧が親切に、私が標本にする花を採集してもよいと許してくれたので、いくらかの天保銭(補円形の銅銭で、英貨の約ぺニーに当る) と引替えに若干の植物を分けてもらった。 その灌木はイギリスの厳寒に堪えられるだろうから、ビンクやパラ色の八重咲きの花は、 きっとイギリスの庭木として観賞されると思う。 その時かわいらしいシモツケ(Spircea cauosa)を見付けたが、 奇しくもこの灌木を初めて見たのはシナのポへヤ山で、 私がそこからヨーロツパへ輸入したものであった。このシモツケは日本では丘のあたりに野生しているが、また日本人が大変愛好する庭木として栽培されている。別種の草本で、イギリスの「牧場の女王」に似ているが、花が深紅色のシモツケソウもこの時に見つけた。

2020.1.23



 
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