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郷土の歴史「神奈川区」42

神奈川区誌最終章(9)
 神奈川区誌の記録も今回のシリーズをもって幕引きとさせていただきます。区誌本編では現代まで続きますが、それは割愛し、これから紹介する「神奈川滞在記 ロバート・フォーチュン」が最終章となります。今回をもって神奈川区史を終了します。

 神奈川滞在記(9)
仏教徒の集会
 六月末日から七月初めにかけて私が泊っている寺の隣の小さい寺は、毎日大勢の参詣者で賑わっていた。 小麦や大麦の刈入れが終わり、田植えもすんでいたので、その祭りは仏に豊作を感謝し、稲作に好天の続くよう祈願しているらしかった。ともあれ数日間連続してかなりの人出であった。 他の国と同様、村には女が非常に多く、信仰も厚いように見えた。なぜなら会衆のほとんど全部が女性であった。彼女らの多くは歯を黒く染め、眉毛を抜き取って既婚であることを示している。 まだ白い歯で未婚を楽しんでいるような娘もいた。陽気らしぃ百姓の女房は、赤い頼をした娘を連れていたが、そこには着飾って化粧した茶屋女も一緒にまじっていた。
 シナの仏教寺院では、僧侶は、公務として儀式を執行する。 だから、もし堂内に偶然、 僧侶以外の誰かがいるとし、彼らは単なる見物人に過ぎない。 けれども神奈川の隣の寺では、まったく様相を異にしていた。 参詣者はめいめいに支給された座布団や膝掛けぶとんにすわって祈願していたがどちらかと言えば、男より女の方が目立った。勤行が進むにつれて、座布団にのせた真鍮製の小形の丸い鐘を、一定の時に信者が打ち鳴らした。 僧侶が口火を切ると、全会衆がそれに続いて鐘を叩きながら、「南無、なむ、なむ-」と唱えるが、そのような無意味な音調や、彼らの言葉は少しも分らぬから、内容を理解することはできなかった。
 このお勤めは毎日約一時間で終わり、それから暫時、信者は十分に酒を飲んで食事をした。
 七月二日、チリンチリンという鈴の音や、「南無、なむ、なむ-」という唱和がしばらく続いていたので、隣の寺の本堂の前で、数分間仏式の様子を見てから宿所に戻った。 すると間もなく会衆がぞろぞろ私の後を追って来た。 私の参請に対する答礼に来たものらしい。
 彼らの中には、よぼよぼの老人もいたが、大部分は女子供であった。 彼らを丁寧に迎えた私は、問われるままに、私の衣服、書籍、博物標本などを見せた。
 ひとりの婦人が私の袖口を引張ったが、別の女性はシャツの首筋にさわり、三人目はズポンの布地に見入っていた。
 だが、彼らを最も驚かせ、かつ不可解にさせたのは、蝶類、昆虫、貝のたぐいのコレクシンであった。 彼らはかつてそのような生物標本を見たことがないらしかった。彼らは口々に「どこでこのような物をこんなに沢山見付けたか?」「なんにするつもりか?」「食べるつもりか?」などなどー。
その中の一人が知ったかぶりに、「薬をつくるために集めたのだ」と語っていた。 ある者は、私が日本中くまなく収集するために、多額の出費をしたと話していた。 それらの話を 一座の智恵者が首を振って否定していた。




 こんな話が続いている一方では私の生国、年齢、未婚か既婚か、などの紋切型の質問が出た。 彼らはひどく上機嫌で、私を肴にして冗談を言い合っていたに違いない。私の日本語の知識がごく少なかったので、彼らは私に構わず、おもしろがっていた。 ことに婦人たちが既婚、未婚の別なく、面白がって私の意見を求めた。 そして笑いながら次ぎつぎに前へ出て来て、「奥さんになる!」と申し出た。 私は適当にあしらって、結局、訪間者達にお寺に帰る時刻を注意した。 それからひとしきり「へイ、へイー」と感謝の意を表して、丁寧にお辞儀をして帰って行ったので、私はひとり自分の寺に取り残された。
寺参りの息ぬき
 信者たちが帰依する隣の寺に戻ると、また前のように鐘やにょうはちを鳴らしながら、読経が続けられたが、急に音響が止んだのでその日のお勤めが終了したのかと思ったのは、私の思い違いであった。間もなく前の敬虔な声とはひどく違った、陽気な騒音が聞えたので、私は好奇心を満足させるために、また寺の会衆を訪ねる気になって、本堂の正面の広場に立つと、変わった光景が目にはいった。今し方彼らがお勤めをしていた同じ部屋で、あたり構わぬ大きな笑声や陽気な騒ぎから察して、幾分酔っているらしい。
 その時入り口にいた私を見付けると、たちまち部屋中の人たちが歓声をあげて取まき、会場に引張り込まれた。 酒に関する限りでは、この人達の歓待は切りがなかった。あちこちに固まった連中が、私を仲間に人れようと熱中し、興奮して、日本人の大好きな乾杯をしきりにすすめた。
 しかし、私は酒を好まないので、熱く礼を述べて彼らの申し出を丁寧に断った。このような事情では私の取るべき最も賢明な道は、退散にしかずと考えた。けれども、せっかくの酒宴が不愉快に終わりはしないかという私の杞憂は、 まったく根拠のないものになった。というのは規定の時間になると、僧侶が僧服を着用して現われたので、酒はそのまま片付けられて、会衆の顔色は遊楽気分からまじめに変わった。幾人かは本当に前よりは少し赤くなっていたがー。そして仏教のおつとめがふたたび始まった。勤行する僧が先導すると、会衆が「南無、なむ、なむ!」と唱和した。鐘とにょうはちを鳴らしながら、一時間ばかり続いた。それがすむと人びとは寺を後にして、三々五々、平安な家路についた。
「ロバート・フォーチュン三宅馨訳 江戸と北京 広川書店昭44」
2020.2.11 完



 
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