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   絵物語 復刻版 江戸の職人(12-21)

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2019.9.29から江戸の職人の姿を当時の浮世絵師の手で描かれたものを彩色しなおすとともに、それぞれの職業を出典の「江戸職人聚(三谷一馬:中公文庫)」から選びだして解説しながら紹介している。今回より順次編集して再現する。(2020.1.3~3.7)

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12合羽屋
「新撰百工図解(其七十一) 山下重民」
合羽製造職は、着衣の上にはふりて雨雪を凌ぐ一種の短服を製する工人をいふ。カッパ普通に合羽の文字を用う。もと西班牙国(スペイン)の語なり。即ち其の初の西班牙人の服用せる外套の製を移せしものにして、稍々被布に類せり。その製造法は。揉打ちせる良紙にアブラキリ(別名ヤマギリ)の実より搾り取れる油を布きたる者。所謂桐油紙を以って裁縫す。その色は多く黒赤なり。絵の合羽屋は桐油紙を縫っているところ。店先の衝立にかけてあるのは下駄の爪掛で、看板に「万御桐油品々」とある。2020.1.3

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13組紐師
組み方(打ち方)の技術にはもっとも簡単な三つ紐(三つ打ち)四つ紐(四つ打ち)から複雑なものになると精緻な高麗組、唐組等のほか二百種に近い組み方と名称がある。名称には平紐「の高麗、唐、笹波、綾打、武田、安田、亀甲んど丸紐の四ッ打、八ッ打、丸源氏、加茂川、千鳥、中尊寺、角などがある。
材料は主として絹で、その他に木綿、麻が使われ、まれに混ぜることもある。組紐の用途は多く、甲冑、刀剣、馬具、仏具としては幡飾、華鬘、経巻、絵巻、工芸品では几帳、楽器に使用された。
絵の左に立っている女は組紐に必要な糸の量をそろえているところで、これを整経と呼ぶ。右の女は四つの組玉(糸の先に括り付けてある玉)を交錯させてカチャ、カチャと玉の触れ合う音をさせながら、一糸一糸と縒(よ)り締めて打って(組むこと)いく。2020.1.10

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14洗濯屋
「萬(よろず)洗物一切のよごれ、しみものをおとすに滑石(かっせき)、石灰さまざまの薬力をもつてありをとす」
灰汁(あく)桶の雫やみけりきりぎりす(凡兆)
江戸時代は灰汁で汚れを落とした。その灰汁を取る状況を詠んだのが凡兆の句。
木炭、藁灰を布の敷いた笊に入れ、その下に桶を置き、上から水をかけて灰汁を取った。灰汁は選択だけでなく染め物の媒染剤に、蕗、筍を早く煮るために、煮て繊維を柔らかくするために等々、その用途は広かったようだ。(出典・絵本『画本時世粧』享和2年 歌川豊国画) 2020.1.17

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15筬(おき)師
筬は機織りに使う道具。機にかけた経糸(たていと)を定められた密度に一定し、緯糸(よこいと)の通る空間を作り、緯糸を手許へ打ちつけるのが筬の役目である。機織りの町でトントン、トントン、調子のある音がするのはこの筬を打ちつける音なのである。
西陣織のように水に濡らした緯糸を使う金襴、唐織などには竹で作った竹筬を用い、これを絹筬と呼んで高級な手織りに使われる。力織機には金属製の金筬が使用される。
竹筬に使われる竹は京都の嵯峨竹が最もよいとされ、それも根竹の下から二節くらいまでが使いよいといわれる。嵯峨竹を物差しのように割り、釜で煮沸し灰汁(あく)を抜き、簾(すだれ)の形にして二年半ほど乾燥させる。乾燥した竹を薄く割り、その竹へぎの第一表皮を削ぎ取り、第二表皮だけを残し、更に菜種油を塗って正直台と呼ばれる削り台にかけ、紙のように薄く仕上げていく。仕上げまで27行程かかる。(出典・職人本『人倫訓蒙図彙』元禄三年蒔絵師源三郎画 2020.1.24

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16杼師(ひし)
杼は製織のとき経糸の間に緯糸を通すのに用いる道具。材料は樫、柿、椿、黄楊(つげ)などの固い材質のものを用い、形は舟形が多く、中央をくり抜いて緯糸を巻く管を取り付けるようになっている。側面に陶、ガラス製の輪をはめこんだ細い糸口があって、そこから緯糸が出るように形づくられている。 2020.2.3

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17糸紡車師(いとほうしゃし)
『頭書增補訓蒙図一彙大成』には「紡車ハ糸よりくるま也」とある。
「居坐機」の絵の右、後ろ姿の娘が操っているのが紡車で右手で車を動かしている。
この糸よりの仕事は女の仕事とされていて、 一日ほぼ五十匁ぐらいしか出来なかったそうだ。
絵は木で作っているが、 竹材で出来ているものもある。
糸車貧乏神のうなる也(童の的)
(出典・番付『新板諸職人絵番付』年代不明 筆者不明) 2020.2.10


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18型彫師(かたほりし)
引彫りは縞柄を彫る技法で、 小刀を手前に引いて彫る。他の彫りは日数をかけて彫りますが、この引彫りは一気に彫り上げる。そうしないと、稿の調子が狂うからだ。
道具彫りは刃物の刃先を桜、菊の花びら形、丸、三角、四角などのいろいろな形につくり、これを一突きで押し抜いて彫る技法。そのため道具の刃物作りがたいへんで、研ぐのに五、六年、道具こしらえにかれこれ十年の年期が必要といわれている。
絵は、型彫師があて場(仕事机)の前で一服しているところで、あて場の上の型紙は七宝っなぎの柄で、下にあるのは丁字柄と、線と鮫のようである。
四種類の彫る技術は、それぞれが専門にわかれている。っまり突彫り職人は突彫りだけ、錐彫り職人は錐彫りだけと、他の彫りはしない。絵には、引彫りの七宝つなぎ、道具彫りの丁字、錐彫りの鮫の三種類が描かれて、 一人の人が三種の技法を駆使したようになっているが、その点間違っていると思われる。
型紙の寸法は四寸(約9センチ)なので、絵と符合する。小刀がいずれも大きすぎるのが気になる(『日本の染織(6)江戸小絞』より)。
糸萩や細き渡世の小絞彫(著萩)
(出典・職人本『人倫訓蒙図彙』元禄三年蒔絵師源三郎画) 2020.2.17

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19足袋屋
「足袋は古来より有物也。寛文(1661年~1年)の頃、女は紫皮等にて拵(そん:こしらえる)、筒長し、白皮、浅黄皮有、白綸子(しろりんず)に致。古来足袋、木綿を元とす。革は後也」
江戸、京阪とも足袋の大きさを寸でいわず、江戸では幾文、京阪では何文といった。この「文(もん)」は一文銭を足裏の縦にならべて計るところからきている。
足袋屋の物差しは文尺といって一文銭の長さで記してある。足袋作りは14の細かい分業になっているが、爪先の仕事が一番難しいといわれている。
(出典・合巻「宝船桂帆柱」文政十年 歌川広重画」)2020.2.23

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20草履屋
『守貞謾稿』に次のようにあります。
「藁草履 江俗冷飯草履ト云米藁ノ袴モ去ラズ製レ之緒ハ真二白紙ヲ巻キ二条ヲ捻シ夕ルアリ其太キヲオブトト云或ハ極細キクゴ縄五条ヲ合セタルアリ千筋ノ草履ト云 江戸市店丁児平日専 用之 ス京坂ハ平日モ雪踏也京坂ニハクゴ緒無レ之紙緒計リ也価十二文江戸紙緒クゴオトモニ二十銭バカリ或ハ二十四文京阪江戸トモ親族葬送の人ハ紙緒ワラソウリ他人ハ雪踏也江戸ニテ千足草履ト云ハ紙緒ノ極粗製ナル者幕府及大名屋敷役所ニテカケナガシニ用レ之
麻裏草履ノコト或人日文化文政ノ頃江戸大城内桜田門番ノ下士等内職二造リ始ムト也其製表藁ノ袴ヲ去リタルヲ以テ製レ之緒ハ白木綿ヲ専トシ稀二鼠色或ハ革色木綿前緒ハ麻心二紙ヲ捻リ巻タルヲ用フ是モ近年ハ雪駄ト同ク緒ノ長キヲ専用ス普通藁心精製綿入緒アリ綿納緒ハ太キヲ専トス又普通長緒ヨリ殊二緒ヲ長クシ細緒ニテ前緒ヲ短クシタルヲ『ツ、カケ』ト云(以下略) 出典・職人本『略画職人尽』文政9年 岳亭定岡画2020.3.1


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21下駄屋
「今世江俗高キラ足駄ト云低キラ下駄ト云二品トモニ差商ナルモノ也 下駄足駄トモニ江戸ハ男子角形ヲ専用ス京坂ハ高低トモニ下駄或ハ差下駄ト云又男女トモニ丸形ラ専用ス江戸モ婦女ハ丸形ヲ専用ス
下駄ノ台或ハ甲ト云桐製ヲ専トシ板目ヲ普通トシ正目ヲ上品トス近年緒長キヲ好ミ後歯ノ後二二孔ヲ穿ツ先年ハ江戸モ後歯ノ前二穿ツ京坂今モアトバノ前二穿ツ
足駄ノ歯高サ台トモ三寸三四分是ヲ京差ト云歯高サ三寸
下駄歯高サ二寸二分大坂サシト云
瓦灯歯ト云
銀杏歯ト云是ハ五分高ト云テ京差ヨリ五分高ク三寸五分也
コノ二品京坂所ㇾ無也京差大坂差歯ハ槻材ヲ専トシ樫歯稀二用フ瓦灯歯銀杏歯赤樫ヲ専トス<略> 2020.3.8








 
   


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