2014.11.3 朝のコンビニコーヒー
早朝5時頃外に出る。まだ、あたりは薄墨を流したような闇に隠れている。空気もすっかり冷え切って肌に痛いくらいだ。人はまだ眠りの中にいるのだろう。人通りもない。腕時計の気温では12〜3度と11月始めとは思えない寒さだ。冬支度で出たので体の中まで冷え込む感じはしない。30分もすると空が白み始め、一気に明るさが増していく。新聞配達のバイクが走り抜けていく。
カラスが1羽甲高い声で鳴いている。足もとにはポリ袋がひとつ転がっている。この日はプラの回収ゴミの日だ。「今日は餌には有りつけぬぞ」とでも仲間に知らせているのだろう。合図が通じたか、他にカラスは姿を見せない。特にカラスは学習能力が高いようだ。無駄な労力は使わない。人からは、食い散らかすので嫌われる鳥の代表格だ。
足を進め、一山超えて県道に出る。周囲は日が射し始め、通勤に急ぐ人の数が増えてくる。道路に面したコンビニに立ち寄る人も多い。私もコンビニコーヒーの噂は聞いていたので、試してみようとレギュラーサイズ(100円)を注文した。その場でドリップして提供する方式だ。ウレタンカップにプラの蓋とストロウを自分で揃えるセルフサービスだ。
一口スッと吸い込んだ。「アツッ」舌を火傷した。味はいける。正直言って、Macのそれとは段違いだ。熱さに懲りて、それからはチビチビと吸い込みながら、散歩を続けた。カップが熱くならず、ほんのりと手に温かいのも、これから早朝散歩は寒さがつのるだろうから有難い存在だ。
寒い朝は、24時間営業のコンビニコーヒーの一杯が心身を暖めてくれることだろう。
2014.11.7 11月の暦
11月は暦の上では賑やかな月だ。国民の祝日も3日と23日と2回あり何れも3連休になっている。私にとっても一つ歳を取る月(あまり嬉しくないが)なので、特別な月と言えよう。
そこで今回は11月の暦について、少し詳しく見ることにした。
内容は、行事や祭り、気候など夫々ごちゃまぜになっているが、日にち順に見ていく。
3日は文化の日。その昔は明治節と呼ばれ、明治天皇の誕生日を祝ったのが始まりだ。戦後になり文化の重要さを認識し、発展させる日となり改称された。それ故、文化の日には皇居で文化功労者が叙勲される。
7日は立冬。和暦の「霜月」冬支度の始まり。11月には酉の市が立つ。今年は10日が一の酉、22日が二の酉で、商場繁盛を祈る明神様の祭礼だ。横浜市内では大鷲神社(横浜橋)が有名。
12日は国際糖尿病予防デー。2011年のデータでは成人人口(20〜79歳)9634万人中1067万人が糖尿病人口だという。その内648万人が60歳以上と加齢とともに増加していく。合併症が進行するので、お年寄りは特に気をつける必要がある。
15日は七五三。11月の休・祝祭日には多くの親子連れが神社やお寺を訪れる姿を見かける。私は戦中が幼少期だったので、そのような行事は無関係の時代で、正直関心は薄い。何故か娘の七五三で、親子で写っているポートレートが今でも飾ってある。
23日は勤労感謝の日。かつては新嘗祭(にいなめさい)といい、各地で豊穣を祝う農業祭りが行われる。現在は「勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日」と定義付けられている。
この頃になると、冬の訪れを告げる「小雪(しょうせつ)」といい、紅葉も見頃の終わりに近づき、柑橘類の黄色い実が目立ってくる。「三渓園はこの頃が一番景色が良いのでおでかけください」とボランティアガイドが言っていたのを思い出す。
2014.11.11 歩くをより楽しく(1)
ウォーキング(散歩)を日課としてから、かれこれ6~7年になる。70歳の節目に始めて、単独・マイペースのウォーキング(散歩)を続けている。ところが、最近足腰がギシギシして重いので、この辺で「歩き方」見直すことにした。
参考までに図書館で専門家が著した「歩く!」仕事術(二木紘三:アーク出版)に照らして検証してみた。
著者によれば、遊歩道などでウォーキングや散歩する人の大半は65歳以上の塾年世代で、一日一万歩近くは歩く。これに比べ、ビジネスマンは事務系で5600歩。技術系で4600歩程度。管理職にいたっては2000歩以内としている。江戸時代の庶民は3万歩も歩いたということだから、現代人がいかに歩かなくなったがよく分かる。
歩くことのメリットについて、一つ興味深い記述を見つけた。それは、「大脳が活性化され新しい発想が生まれる」という話。
個人的に興味のある「脳の活性化」については次のように述べている。
「脳の重さは全体重の2%に過ぎないが、エネルギー消費量は全体の18%にも達するという。そして、脳が使えるエネルギーはブドウ糖だけで、そのブドウ糖は血流に乗って脳内に送られる。歩くと下半身の血流が活発になり、それに伴い心臓の動きがよくなってくる。すると脳への血流も多くなり、ブドウ糖が多く供給され、脳がよく働くようになる」。
中々こった三段論法だ。今までそんな理屈は想像もしなかった。それで歩いていると色々な発想が浮かんでくることが納得できた。(歩くをより楽しく(2)に続く)
2014.11.14 歩くをより楽しく(2)
今回は歩く心得と正しいフォームにについて触れてみる。同じ著者の孫請けだが、今までも実践してきたことのおさらいとして上げておく。最初は歩く時に心がけること。
①できるだけ色々な道を歩く
歩くコースを多様にすると、入ってくる情報量が増える。
②問題意識を持って歩く
取り組もうとする課題を常に頭の一角に置いて歩いていると、ヒントが浮かびやすくなる。
③違いや変化に着目する
変化に対して感覚を研ぎ澄ませて観察する。
④記録を取る
アンテナを張って道を歩くときのツールとしてデジカメやメモ帳を携行すること。
⑤歩く距離を伸ばす
徐々に歩く距離を伸ばしていくと、アンテナの幅がさらに広まる。
次は、歩くとき正しいフォームを身につけることを心がけること。正しいフォームの形とは、後頭部、背中、尻の一番高い部分が一直線となり、両手は脇に沿って自然に垂れ下げる。そのままの姿勢で後ろから腰のあたりを強く押されたと想像してみる。すると、利き足のほうが一歩大きく踏み出される。そして、前に出した踵が着地して体重移動が始まったら、前に出した足の踵からつま先に、足の裏を転がすように移動する。足の裏で地面を掴むような感じといえばいい。つま先に重心を残すように後ろから押し出すと、自然に移動して反対側の足が前に出て、無理なく踵で着地することができる。
個人的感想としては、「丸木橋を渡る」感じで歩いている。
以上、より歩くことを楽しむことができるかについてまとめてみた。
2014.11.17 マスターキー
キーと言っても錠を解く鍵ではない。今回は言葉のマスターキーになるものを考えてみた。
文章を書くとき、その時の状況によって表記が異なる場合が多くみられる。
特に書いているとき悩むのは、ひらがなにするか漢字にするかの表記の選択だ。
コラム「11月の暦」の中でも幾つかあるので示してみる。
暦の上(うえ)、何れも(いずれも)、取る(とる)、言えよう(いえよう)、夫々(それぞれ)、見ていく(みていく)、気を付ける(つける)、何故か(なぜか)、お出掛け(おでかけ)などが上げられる。漢字でもかなでもどちらを使っても誤記とはいえない。
ところが、実際表記する段になると結構逡巡してしまう。
中でも「みる」などは、多くの場面で使われるので、言葉の使い分けに困ることがある。どう書くか迷ったときは「みる」と、かな表記で済ますのが無難だ。
「みる」を漢字変換すると5つほどの候補が表示される。見る、観る、診る、視る、看るの5つだが、文脈で判断して選ぶことになる。変換を間違えると恥をかくことにもなる。
「景色をみる」は漢字では「見る」、「観る」のどちらかを使う。「医者がみる」は「診る」が妥当だ。少々ややこしいのが「視る」で、「注意深く視線を注ぐ」場合に使うと辞書に記されている。
変換に出てこないのが、「看る」で看護士の「看」に使われているので、「病人の具合を看る」などに使う。「患者を見る」と「患者を診る」さらに「患者を看る」とでは、微妙なニュアンスの違いを感じる。
文字で表現するのと話すのとでは、上記のように音では区別できない言葉を使うので、慎重にならざるを得ない。そんな状況を回避する鍵はかな(カナ)表記で、これはマスターキーのようなもので、どんな局面でも通用するのでとても重宝だ。
201411.20 酉の市
初めて酉の市に行ってきた。酉の市については「11月の暦」でも紹介したが、もう少し詳しく説明すると、11月の酉の日に大鳥・大鷲神社などで開運、招福、商売繁盛を願う祭りが行われ、境内や門前に熊手の市が立つ行事。初酉の日は「一の酉」といって最も賑わい、ついで「二の酉」、「三の酉」とする。特に「三の酉」まである年は火事が多いといわれている。「酉の市」は江戸で独自に成立した行事である。
発祥とされているのが、東京都足立区花畑の大鷲(おおとり)神社で、享保20年(1735年)の記録では、市の起源は祭神日本武尊(やまとたける)の命日(11月の酉の日)の祭りに門前で市が開かれて農耕具などが売られた。特に熊手が「福を掻き集める」という意味から縁起物としての熊手の市に発展していった」(年中行事大辞典:吉川弘文館より)
そこで、10日、横浜橋商店街と背中合わせにある金刀比羅宮 大鷲神社(ことひらおおとりじんじゃ)を訪ねた(写真1)。(
商店街もこの日は特に賑わう。多くの人で街が埋め尽くされる(写真2)。お酉さまのお陰といっても過言ではない。神社側の道路は狭いが、露天商が多く出店され、その数200余り、殆どがたこ焼やお好み焼きなどのジャンクな食品。結構売れている。露天商にとっても、書き入れ時(熊手で稼ぐのだから掻き入れが相応しい表現だが、誤記になる)の一日(写真3)。(本命の出店は商売繁盛を祝う熊手を売る店(大通り公園沿いにズラリと並んでいた。景気のいい掛け声と手拍子が雰囲気を盛り上げる(写真4)。22日は二の酉で市が開く。世田谷のボロ市同様年の瀬を感じさせる風物詩である。
20114.11.24 サイズ考(紙・封筒編)
自分の周りには多くのものが雑然と場所を占有しているが、そのひとつひとつに固有の見分け方がある。それがサイズである。今回は紙と封筒のサイズについて考えてみたい。
結構好きなコマーシャルに「サイズは・・・A4でえーよん」という駄洒落がある。紙のサイズはA4などと呼び、封筒は郵送料の点から 文書などを2~4つ折にして入れることになる。写真などは折るわけにはいかないから、私の場合はハガキサイズを上限としている。それでも、折ったものやハガキを入れるにはそれ以上のサイズが必要になる。
そこで、紙のサイズと封筒のサイズを対比して見ることにする。
紙を縦にしてその幅と長さを示すと次のようになる(ミリ表示)。
A4:210×297、B4:257×297そしてA5、B5と数字が上がるごとに半分の大きさになる。例を上げると、A5は148×210、ハガキは100×148であるから、A6とは幅で5mm少ない。となるとハガキやA6サイズの写真を送ろうとすると、洋形3号(98×148)はギリギリで使えないことが分かる。次のサイズの封筒は、洋形2号(114×162)というとことになる。ただし、中に同封する文書はA4にしろB5にしろ四つ折りにせざるを得ず、逆に無駄な空間ができてしまう。そこで、もう一つサイズを上げて、洋形1号(120×176)にすると、折らずに入る用紙:A6、B7、ハガキ、L版(L判)一方向に折れば入る用紙:A5、B6 となり、この封筒が定型で写真などを同封するのには一番適しているだろう。ちなみに定形郵便は幅(9~12)、長さ(14~23.5)で、厚さ10mm、重さ25gと定められている。このように郵送を前提に文書を作成するときには、紙のサイズと封筒のサイズ料金なども考える必要がある。
2014.11.28 来年の年賀状
毎年11月下旬には年賀状を作る準備に入る。毎年どのような年賀状を作るかは誰もが頭を悩ますことだろうが、私も同様である。12月15日に投函する前の1ヶ月ほどは準備に手間をかけることになる。
年1回の便りともなると力の入る作業になる。100人強の知人に出すのだが、40年来の付き合いの人もいる。と言っても僅かな期間職場の仲間が多いので、今会っても顔さえ思い出せない人もいる。人は変わるが、年賀状だけでつながっている人が大半だ。途中で音信が途絶えれば、名簿から削除する。そんな関係の人も多い。
それでも紋切り型の年賀状は出したくない。今年からは従来のインクジェット官製年賀はがきを普通の裏面が光沢紙のはがきに変えた。そうしたのは今年の文面には多く写真を使用しているからだ。写真は光沢紙でないと発色が思うように再現できないのも大きな理由だ。
文面の作成は、最初は写真の準備、ついでデザインと各パーツの割付の順で行う。11月一杯かけて印刷テストできるまでに仕上げる。内容の出来不出来は受け取った人が評価するものであるからなんとも言えないが、手間ひまかけていることは確かだ。
発送準備は本年受け取った年賀状と喪中はがきを見なおして調整するので、12月10日頃まで待って宛名を書き始める。それがまた一仕事で、ここ数年は宛名書きはすべて筆書きにしており、かつてのようにパソコン任せの手間なしという訳にはいかない。
年1回の便りという人が殆どで、その分、心をこめて手書きにするのだから、無駄にはしたくない。そこで年賀切手を貼ることで、節約しようというアイデアだ。
最後に文面であるが、写真の他に数行分余白を取っておき、年賀状を送る人の顔を思い浮かべながら一人ひとりに合った言葉を添えることにしている。もっとも思い出すのはずっと若い時の顔にはなるが。きっとその一言が年賀状本来の役目を果たしてくれると信じている。
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