自己流または我流というのが、何事につけても私の流儀である。
これが意味するところは、何事も中途半端で完成形に至っていない、途上にあると言っていいだろう。
自己流から一流に達した代表例は、何と言っても「宮本武蔵」を置いてないだろう。
武蔵は二天一流(二刀流)を編み出し、書としては「五輪書」を著し、今は重文指定を受けている水墨画や工芸品を後世に残し、その多才振りを発揮した。今回チェックリストで紹介するのは、遺稿となった「獨行道」を抜粋したものである。
すべて独習で達成したのだから物凄い。「一芸に秀でるものは多芸に通ず」という諺は武蔵にぴったりだ。
命を賭けて得た技や経験だけで一流を成したのだから、達人の名に恥じない。
それではわが身に振り替えて、自己流であっても自分のカラーや味と言ったものを表現できるのだろうか。
私はホームページを通して自己表現することが日々の糧というか生活の張になっている。これから体がそれを許さない状態になるまでは続ける気持ちに変わりはない。
自学自習であるから、自己流であることには違いないが、今ホームページを作ることに全てと言っていいほどの能力を振り絞っていることは確かなことで、知的作業のすべてを注ぎ込まないと事は成就しない。Papa'sPocketのポケットの数は、創作活動の全てを表現するのに合わせて組まれている。
文章を書いたり、絵を描いたり、写真を撮ったりすることは、素材の部分で、それを公開するには、インターネット上のホームページ(Web)であるので、簡単なプログラム作成の技術も必要になる。この頃は自前のホームページでも画面作成の手間を必要とせず、文章や絵を張り付けるだけで済むものもあるが、それは出前と自前の差があり、試す気はない。
それでは一流を目指しているかと言うと、それは叶わぬ夢である。常々言い聞かせていることは、身の丈の仕事である。プロは独自性もあり、仕事をほぼ完ぺきにこなす。素人は必ずボロが出る。
例えば、絵を描くにもパソコン上で表現するには、スケッチブックやキャンバスに描くのとは別物と考えた方が良い。下絵はスキャーナーで読み込むことができるが、それをデジタル化して加工するのだが、これは一仕事で、お絵かきソフトの力にもよるが、単純で細かい作業の連続となる。でき上がるころには肩がバリバリになってしまう。一旦仕上がれば、編集作業は何時でもできるので、感覚的に色付けや背景を決めて行けばよい。
文章にしろ絵にしろ、手を入れると際限がない。どこかで見切ることも必要で、結果問われれば「60%のでき」とでも答えるしかない。読者の採点はもっと厳しいかも知れない。
そこで武蔵の獨行道から今でも通用する項目を10ほど選び(21か条ある)一問10点で自己採点してみた。
一、世々の道をそむく事なし
そこそこにルールは遵守している(8)
一、よろつに依怙の心なし
自分ではそうならないよう気配りしている(9)
一、身をあさく思世をふかく思ふ
これは結構勝手に生きているので、そうとは言えない(3)
一、一生の間よくしん思わす
そうありたいとは思うが、結構欲しいモノは欲しい(6)
一、我事におゐて後悔をせす
後悔多き人生なり(6)
一、いつれの道にもわかれをかなします
親しきものとの別れは悲しい(6)
一、物毎にすきこのむ事なし
結構好き嫌いが激しい(5)
一、身ひとつに美食をこのます
最近は意図に反して粗食に耐えられる(8)
一、末々代物なる古き道具を所持せす
古道具に埋まって生きている(5)
一、道におゐては死をいとわす思ふ
この頃やっと未練なく生を全うできそうなきがする(9)
以上採点すると100点満点中65点。ほぼ想定内の数字だ。「これでは一流には成れない」と武蔵は言うことだろう。